その席は設けられている。 まるで中庭を見下ろすように、1,2,3段・・と段差がついた席に腰掛けると ちょうど真ん中が見下ろせるような仕組みとなっている。 台座にはシーツが敷かれ、 天井からチェーンでぶらさげられた蛍光灯の束で強く照らされる。 白はより白く見え、見方によっては青白くも伺える。 その上には、パレットの純潔を汚す絵の具のようにして、数々の商品が点在している。 どれも時を経ているようでアンティークな趣があるが、 それに一体どれぐらいの付加価値があるのか 残念ながら今の私の基準にないので分からない。 私はその席の一番上に腰掛けて、 この夏の文庫シーズンで購入した夏目漱石の「こころ」を読みながら 時折それらの商品群を眺めては、自分の番が来るまで黙って読書を続ける。 外に、蝉の鳴き声がしない。 時間の概念を失くすほど明るく、空調管理でよく冷え切った室内。 何十年の時を経て、はたまた数年を重ねて もう一度価値を付けられるものたち。 まるでここだけが時間を忘れた異空間のようだ。 月に4度の自分の職場を改めて観察し、飽くとまた本に戻った。 自ら死を選ぶことがあらかじめ定義とされているかのような主人公を ひたすら追い求める青年の視点で前編ははじまる。 まだ途中なので感想も何もないが 定められた終着点に向かう様を淡々と述べられていくストーリーは まるで尋問を、或いは、誰かの告発を遠巻きに清聴しているかのように感じられる。 ここで私と本との関係は、まだ内と外に分けられる。 いま、私はまだこの本の中のどの登場人物よりも儚い立場に身をおいている。 一瞬でこの中から消えてしまえるぐらい。 瞬時に動作一つで物語を終わらせてしまうことができるぐらい。 だけどこれから私は、この本において主人公に負けず劣らずの立場となるだろう。 潜在は、やがて顕在へと変化し、 全ての会話の中に、決して描かれることない空白の『 』が用意されていることに気付く。 そこには私自身のこころが入り、 私と本という決して相容れないその距離を限りなく縮ませて、 驚嘆し、耽美し、そして投影をして やがて私は、物語の中に自分自身を見つけてゆく。 意識が市場へ帰り、気が付くとシーツの上は先ほどとは違う商品に置き換えられていた。 知らぬ間に売り手が変わっていたのだ。 本と向きあっていたのでどれぐらい時間がたったのか分からない。 また新しい買い手たちが声を出す。 手垢と、傷みと、そこに染みついた時代 それをより際立たせる白の対比が眩しい。 外に出ると激しい夏の夕立ちが、暮色をかき消していた。 雨が、外を洗い流して、怒りのように激しく打ち付ける。 既に半分を読み終えた本の余韻に現在がトレモノのように感応していく。 些細な環境変化にも、順応してゆく自分がいる。 ある行動が習慣となると、生まれつきの性質かのようにごく自然なものとなる。 いつか疑問だったものにやがて何も感じなくなるように 感情もまた、淘汰されていくんだな。 だからそれを見失わない意識が私たちには必要なのかもしれない。 時々、本と向き合って新しい発見があると、 少し心が豊かになったような気がする。 本の中に存在した私は、読み終わって元の自分へ還る際に 些細でもきっと、読む前にはなかった基準を与えてくれるだろう。 音楽でも、絵を描くことでも、誰かと話すことも、ひとり、籠城して瞑想にふけることでも どうかこの世界に飽いてしまわぬように 知らぬ間に人は、 新しい自分自身と出会ってゆくことを行動の利とおいているのかもしれないな。 時にナーバスに、時に歓迎して 今はただ、それが独奏とならぬことを願うばかりだ。
by aoi-ozasa
| 2008-08-07 00:57
| Daily life
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