お兄ちゃん、兄貴、兄さん、兄ちゃん、お兄様・・
様々な呼び方があるなかで、私は彼を、たいちゃんと呼びます。 たいちゃんはたいちゃんであって、 たいちゃんでない兄など、私には兄ではありません。 たいちゃんが帰ってきました。 たいちゃんは本名がそれで、漢字にすると、泰ちゃんなのだけれど、 わたしの中では平仮名のたいちゃんが相応しいので、それを聞く人が頭の中でどういう風に変換してようと、わたしはたいちゃんと呼んでいる。 たいちゃんは昔から、勉強がとてもよく出来て、何でもよく知っていて、ちょっと傲慢で、怒ると怖くて、届きそうで届かないような、そういう人でした。 たいちゃんは私のことを名前では呼びません。 おまえ、とかあんたとか、おい、とか とこどき、たいちゃんの口から私の名前を耳にするけど、それは説明的で、わたしに向けられることは少ない。 それに一体どういう意味があるのかは分かりかるけど、理由なんて特にないような気もします。 ただ、他の人からそういった風に呼ばれることが、やけに耳障りで、私をぞんざいな気分にさせるのとは違い、 これはこれで何年も続けられてきたルートであって、不思議と私は嫌な気分にはならないのです。 私は、たいちゃんとはあまり話はしません。 たいちゃんは私の話なんて聴きたがらないし、 わたしだって、たいちゃんの話なんて実はそんなに興味がない。 ときどき、どうしてるのかなーと思うことがあるけど、会ったからと言って、久々に会う同級生の女友達のようにあれやこれやと、近況を報告するような仲ではない。 交わす会話は、これ食べる?とか、いつ帰るの?とか私からかけるそんな程度で、 実はメールアドレスだって知りません。 帰ってくるまでは、私が新しい携帯番号を教えていなかったようで、さすがにそれは本人も驚いていた様子でしたが、別にそれで怒ることもなく、知らなかった、教えろ それだけで済む話です。 そんなたいちゃんが帰ってくるのが私は実はいつも億劫で、 帰ってくると部屋は汚されるし、愛想はないし、母親はやたらと上機嫌になるし、なんでもかんでも食い荒らすし、ギズモ(猫です)もメチャクチャにするし(本人にとっては愛撫なのだろうけど限りなく暴力に近い) それまで築いてきた自分の環境を乱す嵐みたいに思うのです。 いいところといえば、趣味が同じなので私が持っていない本やCDなんかを、持って帰ってきてくれるぐいらいなもので だけど帰ってくる1日前なんかは、妙にソワソワしたりなんかして、自分の兄の帰りを待ちます。 ”マザー3” これも幾つかの本と同じ、たいちゃんが持って帰ってきたものでした。 RPGゲームのシリーズもので、要らなくなったゲームをゲームボーイアドバンスと一緒に私はタダでそれを入手することが出来ました。 このシリーズをするのは初めてで、 最初に何やら主人公の名前や、この世で自分が大切にしているもの、その家族、しまいには飼っている頭のよい(という設定らしい)犬の名前まで入力させられるというのには疲れましたが、 私はドラクエなんかでも、 そういう名前はお任せに設定するので、時間はさほどかかりませんでした。 私は主人公の名前だけを”アオイ”に、 そしてその賢いとやら犬の名前を愛猫のギズモにした以外はすべてお任せで、 下手に知り合いの名前なんかを付けてしまうと、 後々、そいつが出来ないキャラだったり、出来すぎだったりと、 その命名の元となった知り合いとのあまりのギャップに、苦しんでしまいそうな自分がバカバカしいので、最初からそこは敬遠するようにしているのです。 データに新たな記録が書かれました。 ”アオイ LV○○” そしてその上にはいつも”たい LV58”という記録があって、 ゲームを再開する度に私はそれを見て ふーん58かー。58でクリアしたのかー、と思いながら、 ”アオイ LV○○”を選択してゲームを毎日していました。 ですが、あるところまで来ると、私は”たい LV58”を選択したい衝動に駆られます。 少し、でいいのです。 最終章がどんなものか、最後に付ける装備がどれくらいすごいものなのか、魔法はこの先どんなものが覚えられるのか、そういうことを少し知っておきたい、 ただ、それだけなのです。 そうしてある日私はとうとうそんな好奇心に耐えられず、 ”たい LV58”を始めてしまいます。 その世界では、たい、ひめ、ぎずもというパーティーが居ました。 ぎずもと名付けられた犬を見て、 兄弟だなあ、と思っていると、そのすぐ隣には「あおい」というキャラが居る 私は思わず声が出る。 へっ??! しかもそのキャラはボスを倒しに行くパーティーの中のひとりなのです。 たいの中でのあおいは、私の中ではお任せで、ダスターという名前でした。 ダスターは泥棒で、ハゲで、記憶を失くしたりもして、足を引きずって歩く、陰気な男性です。 ダスターは第2章でひとりの冒険をする流れでした。 その時のダスターが弱くて弱くて、レベル上げなんか出来そうにないくらい弱くて、 そんなネーミングの事実を知らなかったときの私は、たいちゃんに聞きに行ったことがありました。 ダスターの面ってどうやってクリアすんの? たいちゃんは ダスターってだれ? と面倒くさそうに聞き返し、私がうだつのあがらない泥棒の男だと、答えると ああ、あれな、まあ、そんなんレベルあげるしかないやろー・・ とだけ答えて、えーという私の顔を見ないまま、強すぎるクーラーの風を追い払うように布団をかぶってしまいました。 そんなん無理やわぁ、だって温泉も近くにないし、アイテムもないし、ダスター弱すぎるし・・・ あの時たいちゃんは、そんな私の言葉をどんな風に聞いていたんでしょうか。 うだつのあがらないあおいのことで、文句を言う同じ名前を持った私のことをどんな風に思ったんでしょ? 私は”たい LV58”をレベルも時間も悠に超えてクリアした今でも それを思い出すと、恥ずかしくて死にそうです。 そうしてたいちゃんは東京に帰っていきました。 たいちゃんは社内寮暮らしなので、本当の家はここなのだとお母さんは思っているようですが、 私はたいちゃんと一緒に住むことは、もう二度とないのだと思います。 たいちゃんの部屋は、私が作業スペースにしてしまったし、大きな会社に勤めて、立派に生活しているたいちゃんは、もしそんな社内寮を出ても、もうこの家で住もうとは思わないでしょう。 私はそれが、嬉しくもあり、ほんの少し寂しくもあります。 好きか、嫌いかでたいちゃんを飾るのは兄弟なので、何か違う気もしますが、 私にとってたいちゃんとは、幸せでいてほしいなと、心から思える少ないひとりなのです。 JR駅まで車で送るという私の提案を断って、ひとりで東京に帰るたいちゃんを見て、 2つしか変わらないのに、やっぱりこの人にはかなわないな、と思い だけどもそれを絶対に本人には言えない私は、彼にとっていい妹であるのかな、と思い、 たぶん、本人もそんなこと絶対に言ってくれるタイプじゃないから、死ぬまでそんな疎通をはかることは出来ないでしょうけど 私はダスターというだめな男の名前が、あおいだったことが妙に嬉しく、 今でもお兄ちゃんと呼ぶことが恥ずかしくて、幼いままにたいちゃんと呼んではいますが、 私にとってのたいちゃんは 私の中で今も とっても誇り高きお兄ちゃんで在りつづけているのです。 次はマザーシリーズを全部持って帰って来てくれると約束しました。 伊坂幸太郎の小説も、トムヨークのソロアルバムも買わずに済みそうです。 早く帰ってこないかな。 そんな思いもしっかり秘めて あまり欲張らずにまいりましょう。
by aoi-ozasa
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