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2008.09.26 『コール・ガールが奏でる音楽』
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別に花金でもないのに、話に花を咲かせて深夜に帰宅。
帰りの車の中で友達と眼鏡の度が合っていない話をした。
いろいろ不便で困るよね、
とふたりうなづく。
激しいうねりをあげてスポーツカーが対向車。
その姿すら捉えきれぬまま、一瞬にして私たちが今通り過ぎた夜の闇へ
そして私達は今スポーツカーが通った道を。
平衡線上、あべこべに向いてしまった矢印のように箱の中ですれ違う人々。
きっとこれ以上近づくことも、
交わることもないのだと思ってしまうのは閉鎖的なせいか?



たばこを吸い過ぎて胸がくるしいな
コーラも少しのみすぎたみたい。胃がぐるぐるしている。
レンジであたためたおしぼりに顔をうずめたい。
そのまま深い深い眠りにおちたい。

眼鏡のないぼんやり視界は曇りガラスに点描を打ったように
情報がとぎれとぎれ。
でもところどころがクリアー
深夜0時をまわってオートメーション化がはじまった街に
ネオンと文字とその隙間を縫うように点在する人。

いったいいつからこんなに目が悪くなったのだろうか
気付いたらこんなに近い場所でさえ、見えなくなっていることに少し驚いた。
体の変化というよりも、
その変化に猛スピードで順応してゆく自分にとまどいを隠しきれない。
確実に不便になってゆくのに、スピードがその認識を許さない。
ゆっくりゆっくり時間をかけて感度を鈍らせて
でも躊躇する間もなく
こんな風に、貴方も私も老いていってしまうのですね。
どんな日にも、どんな状況でさえも、身体は慣れてしまうのだろう。
心はのみこんでゆくだろう。
例えばそれが望んだ形ではなかったとしても
基準点さえ変えてしまえば、その距離は変わらないわけだし。

まるで浦島太郎のような不幸がその身に訪れたときに初めて
銀髪の頭を掻きむしりながら空を仰ぎ、意味不明な景色にひとり。
自分があっという間に老いてしまったことと同時に、
世界が変わってしまったことを知れるのでしょう。


僅かに左に傾斜した矮小な頭でひねり出した散文。
深夜、明日の仕事を控えて眉を染めながらこれを書く。


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取り立てて変化のない日常に、
ただただぐるぐると生活している日々ではあるが
どうしてかこうも白い紙に向かうと書くことがなくならない。
昨日コンビニのレジで支払いを済ませたおじさんの服の色は赤、
ボトムはコペルニクス的転回でモスグリーン。
まるでクリスマスのよう。
その顔はなんていうか・・そう、ファニーフェイスだった。



なに食べたっけ?
昨日の出来事も思い出せぬ
なんて言ってたっけ?
大切な言葉が思い出せぬ
どうしてなんでって、我が意志すらどこかへ置いてきてしまって、
なのにこんな小さな出来事を忘れられないでいるもんだな。
些細なことを残したくなるのだな。

kyouきょう、1秒かかることなく
スペースキーで今日という言葉が出来上がる。
それらをスピードとリズムにのって打ち立てる。
ここからは機械的な音しか聴こえないが
まるでピアノを弾いているようだといつも思う。
感情が高ぶれば早く強く、指が止まれば次の音を探すように盤面を撫ぜて
楽譜が目の前に作られて、猛スピードで消化されてゆく。

言葉を出し惜しみはしない。
言って消えてしまうぐらいなら消えてしまえばいいのだ。
だから今日も、意味なんかなくてもここに書いてみる。
後で不覚にも読み返したりしてちょっとへこむ。わけがわからないからね。
でもその時に、それを書いていたときの自分が文字越しに見える気がして
真剣な顔できもいんだけど、ばかだなって思う。
だからこれを書いている今も、
いつかの自分がちょっと上から目線で嘲弄してこっちを覗いているんだろうな。
もしそうなら同じようにばかだな、って思ってて欲しい。
どうか、戻りたいなんて思っていないように。

そんな思いをほんのちょっと託しながら本日の終点を打つ。


今日、キーボードが奏でた音楽は、
しみったれたどうしようもない音ズレした音でいい。
でも願わくばちょっとなつかしい
コール・ガールがふと口ずさむ故郷の歌のようなものがいい。
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by aoi-ozasa | 2008-09-27 03:07 | Daily life
2008.09.24 『貴方は与える 与えるという機会を与えられる』
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外は太陽の恵みを受けてすっかり照らし出されている。
風は草木を優しく撫ぜて、こちらにも柔らかい秋のしらべを届かせた。

その素晴らしい足音に耳をすませながら、猫たちは遠く夢を見る。
あのおいしかった魚の名前や、死んでしまったであろう兄弟や
いつのまにか居なくなった好きだった子のことを思い出すように
耳と尾を時々動かせて、時々うすら目を開けて私のことを見る。
その視線が何を意味するのか、想像を膨らませるまでもなく、
君も同じように、秋を楽しめよと、
そのようなことを言われているような気がしてならないものだから
私はつめの辺りを飛車で強く押す。


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あまりに気持ちの良い午後、
今すぐに全てのPCをシャットダウンして、おにぎりを持ってピクニックへ行きたい気持ちが、
その平和な思いとは裏腹に、激しい衝動として臓器を今にも突き破って夢にまで出そうだ。

近頃、「28週後」に引き続き、「クローバーフィールド」、「ドーンオブザデッド」、「ミスト」・・
などと、やはりパニック&スプラッター&ゾンビウィルスを愛してやまない私ではあるが、
そんな私にもこんな風に、柔らかい時間を愛する心がちゃんと存在しているのだから、
全く一概に好みなんていうのはあてにならない。

誰しもが心に矛盾を抱え、叫びを灯し、そうしてそれを祈りや願いへと昇華させてゆくその過程で
その一種の早熟なレクイエムのような解脱作業のその中で、
ほんの僅かながら、そこに光が見出せればそれで皆しあわせ。
ほら文字に書くと宗教みたいになっちゃうから、
とりあえず窓の光に目を眩ませて、
花や風や季節の匂いと、ただただ常に近く在れればそれだけで。



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秋支度に少し買い物
のつもりがなんか結構かう。

コズミックでは今期ゴールドで展開されている定番のネックレスを購入。
ダビデのようなトップがかわいい。
売ってたクラッチのようにも使える茶色のバッグが欲しすぎるが、とりあえずここは一度帰ろう。
帰りにふと立ち寄ったマークでバイカラーニットに一目ぼれ。迷わず購入。
青と紺のやつと迷ったけど、迷ったけど、なんかこっちにしちゃった。
あとはいかれたマフラーかいました。マフラー何本持ってるか不明。
ロシアの人とかがよく被っている耳あて帽子もかいました。
ギズモが興味深深。共食いはするんじゃないぞ。

いつも欲しいものを決めて買い物に行くけれど、それとは全然違うものを買ってしまうのはなぜかな。
反省してないね。
反省しなくていいけど、とりあえず爆発するものだけは商品化しないでほしいよ。



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最近体調を崩していた恋人のコンディションがようやく快方へ
心配してたからよかったよかった。
昨日なんか寝ているとき、寝ながら笑ってて、おもしろかったけどちょっとこわかった。
でも私は怒っている夢を見てたみたいで、手足を強くバタつかせていたらしいからどっちもどっち。負けてへん。

夜はほぼ毎日ふたりで聖剣伝説してます。コントローラーの奪い合いです。
週末はパニックムービーを観ます。
まだ読んでいない本のあらすじを全部聞かされます。

茨木の家は掃除してだいぶ住みよくなりました。
ときどき恋人の友達がとつぜん遊びにきます。
辺鄙な場所にあるけどねこちゃん居るし皆もまた遊びに来て。


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あ、このこはパパのペペロンだからまたちがうよ。


そういえばコミュニティで
「鼻毛が出ている人にどうやってそれを諭すか」
というのがあって、

・「お前の鼻のサイドバックがオーバーラップ」
という擬似語を使ったものから、
ストレートかつカーブでフォークに
・「すまん、鼻に目がいく」
・「鼻、おもろいな」
・「俺をためしてる?」
・「神は君の鼻に試練を与えたようだ。」

など
仕事中に死ぬほど笑いました。

・「天空の城ラピュタってあっただろ?あの、大地から根っこが生えてるやつ。お前の鼻の穴も今そんな感じ。」
これ、言われたら2回死ぬ。




隣の人と同じものをみても視線が違えば
世界は違う。
魅力的に見える角度を「魔法の角度」というらしいです。

ああ、だんだんおなかがすいてきましたよ。
今日は肉じゃがつくります。
もうすぐ北海道です。
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by aoi-ozasa | 2008-09-24 19:00 | Daily life
2008.09.10 『イン・ディス・タイム』
In this time
 「4分33秒」という沈黙の楽曲の

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いつものように旧国道一号線から中央環状線へと入る道のりの
茨木の家へ向かう途中で淀川を越える。
信号待ちで数分間の景観を楽しむ。
そこにふたり、河川敷を歩く人が見える。
新調したてのデジカメを双眼鏡に見立ててズームでそれを覗き見る。

二人は会話をしていないように見える。
ただ黙々と、一定の歩調でいつでも互いを殺しあえるぐらいの距離をとって歩いている。
1人は、犬の絵が描かれた服を着ていた。
何の犬かまでは分からないが犬が好きなんだろう。
私は猫が好きだけど、取り立てて猫のモチーフがデザインされたものを身に纏う趣味はない。
だから不思議だ。
犬好きやからって着んでもええやん。
ど根性ガエルのピョン吉のようなものなんだろうか。
私にも、好きなものを近くに置いておきたいという心理は分かる。
だけど距離を楽しむこともある。
いや違うな距離と言うよりも、その関係を曖昧にしたくないだけだ。
少なくとも、私の猫への想いは、
着たいとかそういう類のものに行き渡ることはないのだろう。そうなのだろう。

気がつくと信号が変り車が動き出していた。
人々よ、舞踊せよ。
驚くほどに、高く舞い上がれ。



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ペペロンは大人になってしまった。
以前のように意味なくにゃあ、と鳴くことが少なくなった。
運動不足なのか、お腹のあたりにたるみがある。
トラ猫は自分の意思とは関係なく、大きく育ってしまうそうだ。
ペペロンも例に漏れず、猫としては大きなほうだろう。

ほとんどが寝ているのだけど、時々何かを見るように
どこかを凝視したまま動かなくなる。
スイッチが切れたのか、もしくは入ったかのように聡明な顔つきで何を憂うんだろう。
遠い親のことか、生き別れた兄弟のことか
猫の寿命は約15年ほどだというので、まだ5歳ほどのペペロンに
残された時間は長い。
それでも何も話さないまま、憂う時間ばかりが増える。
その届かない瞳の奥に、私は深い造詣すら感じるよ。
大人になるってこういうことでしょう、と
そうかもしれないけど、それだけではない。
それだけじゃ大人にはなれないはずだよきっと。
そう私は思うのだがね。



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車を洗車する。
僅か5分ほどの時間、エンジンを切って静まり返った車内に
1人こもりきる。
楽曲はなく、外からシャットアウトされた空間に
迸る水音とブラッシングのベース。
生き物のような水が視界をぐにゃりと歪めてちょっとしたぼんやりタイム。
何も考えないし、何もしない。
呆然と洗われてゆくフロントガラスを眺める。

大人になるとは違うのかもしれないけれど
自分にはこういう時間が必要だなと思う。
色んな現象からまるで切り離されているように感じるが、そうとも言えない。
誰しもがそれぞれに、様々な側面を抱えて生きているというのなら、
これだって一つのそれなんだろう。
よく話すことも、黙り込むことも、笑うことも、1人寂しく泣くことも
こうして何もせずぼんやり時を刻むことも
どれもきっと同じことなのだ。
何をしていたって、貴方は貴方ですよと言わんばかりに
時間は平等に采配され、河のように流れを惜しまない。
それは私のようなものにも同じように。




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恋人と久しぶりに街へでかける。
D&Dのクリームブリュレを流し込みながら
ゆるやかな時間を過ごす。
恋人とは半年が過ぎたが、同じ時間を過ごしている時間が長いせいか
もっと長くを共にしているような、安心感がある。

どういうところが好きか?
などといった質問に答えることはむずかしい。
用意していると限定されてしまうし、勢いに任せるとその場凌ぎな気もしてくる。
敢えていうなら、こういう時間にゆるやかに流れる空気が好きだ。
声と、手が好きだ。




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青い層を切り裂くように、雲の合間から燃えるような夕陽が覗く。
日がおちてゆくのが早くなり、
9月の午後18時はすっかり夜の帳と化した。
私はworld's end girlfriendのUnspoiled Monsterを何度も聴く。
ちょうど4分を過ぎた辺りから、音が劇的に色彩を帯びてゆく。
その感覚は、消滅集落に残された家屋の壁を覆っている
ツタやアイビーなどといった生命のようでもあり、
それらが繰り返し、また燃え尽きていく様のようでもある。

時々、ピアノやフルートの音を聴くと哀しくなる。
それは、ただ広い部屋の中ロッキングチェアーに腰かけて
今日の日まで自分が置いてきてしまったもの一つ一つに、
もう一度お礼とさようならを言うような気分になるからなんだ。
こうやって文章にするとどうしても暗くなってしまう。
そうじゃない、哀しいけれど、寂しいわけではない。
うまくは言えないが、
出会いと選別の、あまりの多さと大きさと大切さに
胸が少し締め付けられるといったような。
そしてその残滓たちが、殊勝なまでに今日の心を充満させてゆく。





「4分33秒」という沈黙の楽曲

ジョン・ケージのコンサートでピアノ奏者は音楽を人々の中より解放した。
演奏のない、沈黙の楽曲。
それがその時に演奏されたケージの新曲だったのだそうだ。
”音楽が「音」を「楽しむ」ことだとしたら、
その中心は、音を出す側だけでなく、聴く側にもある”

”ある時間”をしめす砂時計のシリーズより
そんな時間を体感する砂時計が販売されていた。
http://www.livingworld.net/works/john-cage/
砂時計として決して安いものではないが、素敵な商品だなと思う。

あっというまに過ぎてゆく日々の中で
誰かとこういった時間を共有したいものだ。
9月の心地よい夜の時間、
どんなトラックよりも五感に残るような
ありふれたようでかけがえのない時間を貴方にも私にも。
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by aoi-ozasa | 2008-09-11 03:08 | Daily life
2008.09.05 『眠たそうな空気が好きだ』
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昼の晴れっぷりが遠い過去のように
一瞬で変化する空模様
私は少し早めに会社を後にする。
街はすっかりクリーンになって、代償として人々は心を曇らせて
少し俯き加減で足早に家路につく。


一心不乱に水溜りをよけて歩く人
逆にそこを選ぶ子供達
そんなことより、暗算に興味があるビジネスマン

黒、透明、透明、赤、紺、透明、透明
皆、傘をさしている。
濡れ地に咲く花のように、開かれる傘だけど
思うよりも鮮やかな色を選ぶ人は少ない。

意識を上にやって、衛星のような視点で今この界隈を眺めたら
どんな風に見えるのだろう。
濃いグレーのアスファルトの道にポンポンと小気味よく傘の花が咲いていく。
はじめはほんの少しずつ、点在するようにまばらに、
次第にエリアを拡げて、加速して、拡大して
ときどき赤や黄色が交じって、色がリズム。
そしてその全てに意志があり、動きがある。

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不動のビルやマンションの隙間でざわめく生命体。
色を纏い、流れに任せるようにくるくると、回遊している。
その景観は、
臓器の周りに張り巡らされた血管を泳ぎ回る細胞郡のように違いない。
エリアの拡大はある一定の場所で止まり、
人々は所属という言葉を思わせるかのようにその中から出ない。
だって私達は意志とは関係なく、
自分の外側に自分の内側と同じような構造を造り、環境を営み
そしてその中で生きてゆくことを好む。


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妄想を、膨らませすぎて宗教のようになる帰り道。
気を遣いすぎて、気の利かない奴のようだ。
うん。自分でも何のことか分からん。


一つの啓示のように、照らされる車道をぼんやり眺めては
無口になってゆく。
1人、1人会話を繰り返しながら
今日もまた、自愛と憎悪を引きずりながら横断歩道を渡る。
死ぬほどの激痛を伴いながら、脱皮を繰り返して
誰もが蝶になれるの?

雨が炎を奪ってゆく
雨は好きではないが、雨が降った後の眠たそうな空気が好きだ。
湿度はあるが、私は汗をかかない。
もう秋だったんだな、と思った。



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2匹の兄弟猫が居る恋人の家で週半分を過ごしている私からは、
知らない猫の匂いがするらしい。
近頃ギズモがめっきり近寄ろうとしてこない。

テレビで教わったように、好きだの愛してるだの
優しく言葉を投げかけながらコミュニケーションを実施する。
「世界で一番好きなのは君だよ」


その言葉に嘘はないけれど、嘘ではないけれど
言えば言うほど濁っていくような
心の中が自分への蔑みでいっぱいになるのはなぜだろう。
この、関係性を保つ為だけのような狡猾な行為は、
まるで、行く末が決まっている恋人同士みたいな
微笑みあっているけれど、互いの心は欠陥だらけで。
熟達した卑しい、傲岸不遜な自己愛の象徴みたいで。

嫌だ、そんな風になりたくないな。
私はこの先、どんなことがあっても、
自ら、言葉を懇願するようなことはしないでおこうと思う。
それは、自分にもそうであろうと思う。



a0090173_2335152.jpg最近のお買い物。

アディダス BW ARMY メタリックゴールド/ピュアシアン
マルジェラこうもりブレス
あともろもろ。


デジカメを新調したので気まぐれにアップ
SONY Cyber-shot DSC-T700
タッチパネルは指紋がつくのが嫌だけど
機能的には割と良い。満足です。

秋は服や靴が欲しくなるので恐怖です。
おいしいごはんたべにいきたい。
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by aoi-ozasa | 2008-09-05 23:36 | Daily life
2008.09.03 『風よ届け』
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外に出ると頬を撫でるというより叩く様な
驟雨が熱をさらって心地よい風
残暑はまだまだ厳しいが、夜だけは、
夜だけはその秋の香りが、夏の暑さに消耗した体を心地よい睡眠へといざなう。

オンボロ自転車にまたがって、
あまりにも気持ちよいものだからこのままどこかへ飛行してしまおうかと
思ったの束の間、
ペダルに力を込める時既に、家に帰ることを決意していた。


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雨と強風に煽られて、洗いざらしのような帰り道
濡れたアスファルトが街灯に照らされ、
街が曙光を浴びるように燦然としている。
その風景には天気晴朗とはうって変わった解放感があり
何かこう、胸に込み上げてくるものがある。
大きな声を出したいけれど、いったい何と叫べばよいか分からない。
「わあああ」とか「きゃあああああ」でもいいけれど、
それは山へでも行った折にとっておくことにするよ。

裏道を抜けると目の前をウィンナーのようなものが横切る。
私はダックスフンドという犬を、「あのウィンナーのような犬」と呼んでいたが
フランクフルトの間違いであったことに気付く。
「お前昔ピーナッツ畑に生えてたのか!?何とか言えよ!」
水族館でオットセイにむかっておじさんも吼える
それは、いわゆる落花生だぜ。

そして今度恋人のお弁当にウィンナーをしこたま入れてやろーと思う。
たぶん職場じゃさらっとクールな装いをしている彼の弁当箱に
タコさんとかカニさんだとかのウィンナーをいれてやろう。
それで「ウィンナーはいいけど、動物にしてくれなくていい」
とちょっと困ったさんの顔で言われたい。
そう言われたい。




風がびゅんびゅん拭く通りに立つと、
洗濯機の中に入っているような気分になる。
恐らく、強風にまみれたゴミや埃なんかがたくさん纏わりついて
実際はそれとは全く逆のことが起こっているのだろうけど
涼を搭載する体当たりの風たちに、身体中が洗われていくような気分となる。
述懐する隙を与えず、暇を作らず
いらないものが削ぎ落とされて、研磨されてゆく。
古い殻を脱ぎ捨てるように、新しい新皮が顔を出す。
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気がつけば、
あっという間に塗り重ねられてゆく過程や仮定を
一度リセットするかのような、そのいさな。
そうか、だから季節の変わり目には強い風が吹き、
そんなふうに私たちを次の季節へと招いているのだろう。
背中を押すように強く、手を引くようにそっと優しく。
風よ届けあの人のところにも
光の速度に負け劣らず、強く早く

私がこの先この後に、体得してゆく様々なもの
自意識に基づいて、日増しに堆積してゆく下世話な修飾たちも
年に何度かこうやってきれいに剥がされてしまえば良い。
手にしたものや得たものに、
縛られない柔軟で豊かなこころを約束するが如く
未来永劫、不朽せぬ風雅さをいつまでも持ち続けて居られるように。

玄関の扉を閉める前に髪を乱した私のこの日最後の疾風、
深く脊髄に一太刀受けたかのような煽り風
これを色にしたら、まるで雷鳴のような
きっともの凄く透明な黄色に違いないと思った。





さて、仕事から帰って先ほどまで寝ていたのだけれど
今日は早めに就寝することにしよう。
明日にはメタルスラッグのコンプリート版が届くかもしれない。
そして、もしそうなら、明日は眠れる気がしない。

窓からクーラーを不要とする涼の風、
現在2008年9月4日午前1時15分である。
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by aoi-ozasa | 2008-09-04 01:21 | Daily life
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