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2008.08.29 『くしゃみすらあかんのかい』
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あがりきらない後ろ髪をそのまま垂らし
てっぺんは爆発的な花火のようなアート作品をのっけた面妖スタイルで仕事。
月末だというのに、来る客も来る客も買取りばかり。
おかしいな、もっと顔を出さないといけない人種が大勢いるはずだけど。

そうこう思ってると電話。
「ちょと待てください」
「おネがぁいします」
「すません」
言葉が足らない外国人のように記述しているのは、
実際にそういうわけだからではない。他意はない。嘘。
まぁ、小さい店だから少しぐらいなら許容はきくけど限度てもんがある。
それに奴らすぐ裏切るんだから全く信用ならないね。
忘れたのか、交換条件を組んだはずだろう。
大切なものは傍においておかないと。
気持ちはわかる。気持ちは分かるから教えてあげよう
大事なものを、もう一度だけ手にする方法があるよ。
そうひとつだけ。
一つしかないよね
貸した金、かえせよ



置きざらしのバナナに黒い斑点がたくさん出来て
それが大きく拡がってるもんだから
もうバナナなのか、黒い斑点物体なのか分からない。
シュガースポットなのか、シュガーなのかすら不明だ。
黒人の肘にあるホクロのようなものか。疑問はつのるね。
なんでもいいけど、『シュガースポット』
という言葉を聞くと他人の作り笑いを思い出してしまうのはなぜだろうと考えて、
作り笑いをしている人が居たとき、
その人が今必死で作り出しているその笑顔を思い切りスルーして
口元なんかにあるホクロや吹き出物を凝視してしまうせいかと思った。
何もない部屋の中で染みをじっと見てしまうのと似ているね。
ホクロがない人なら染み、染みがなけりゃ影、それすらなくても
人間どこかしら凝視したくなる顔の濁点を一つは持っているものだ。

多くの人々が、まるでそういう教育を受けてきたかのように
カメラに向けて笑顔を放つ。
笑顔を残すことに無意識に執着する。
不自然なそれは、哀れというか悲しいというかなんだか気が滅入る。
そして作り笑いほど
作り笑いほど哀しくて寂しいものはない。
と、私は思う。




何かの会話でふと思い出したのだけど
時々変なルールを持って生まれた人がいる。

「俺は1度しか言わない」

例えばそうならそれで構わない。
誰かの生き方や姿勢をとやかく言う気は全くない。
その理由が100%の力を一度の言霊に込めているのだ
というんならそれもそうなんだろう。そういうやり方もあるのだろう。
でも私は思うのだけどね、
声に出すことで磨り減ってくんだというのなら、
それは言葉にできた時点で失ってるよ。

ありがとうやごめんなさい、
どれほどの気持ちを込めたら伝わるだろう。
いったい何度言えばいいのだろう。
気が済むまで言えばいい。
だけど一番最後に気が済むのが君でなきゃいけない。
そう、どんな時もそのとき必要なはずだった会話がある。

金を借りた奴は返すのが道理だし、
捨て置かれたバナナは気味悪くて食えやしない。
遅れ髪は少し垂れてるぐらいのほうがいいけれど、
後腐れの残るやり方はしたくない。



ああ
あああ

髪の毛そのものが乱暴だ
今日はすこしささくれだっている。






最近となりの奴の様子が妙。
連続的な呼吸器における反射的な反応。
あまりにうるさいけれど、必発な症状だから黙認してたら
別隣の母がもうこれ以上ないってぐらい冷ややかに舌打ち。
たまに小さく「うるせぇ・・」とすら言っている。
これにはウケた。
ウケたけど、どうやって20年近くも夫婦生活を営んでいたのかが謎だ。
謎だし、そりゃあかんだろうと思った。
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by aoi-ozasa | 2008-08-29 19:47 | Daily life
2008.08.26 『アダージョ・カンタービレ・ソステヌート』
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降り注ぐ雨が、窓ガラスに打ち付けられて音を立てる。
ガラス越しに漏れる、部屋の明かりの干渉を受けて
きらきらと光を放つ
その一粒一粒はとても小さいが、やがて大きな海となって
生命を育くむリズムを打ちながら、あたり一面を濡らしてゆく。
時折、トタンをつたう雨水が屋根に砕け散って打楽器のような音を立てる。
その全てが規則正しいわけではないのに
生まれたときから水の中に居るかのように、不思議と心は休まる。


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25歳を前にして、喘息になった。

正確に病院で診察を受けたわけではないが、
幼い頃、母を苦しませていた音をよく知っているので、
これがそいつと同じものだということは、誰に言われなくともよく分かる。
いったい何が原因でこんなことが起こるのかよく分からないけど、
疲れているとき、さらにその追い討ちをかけるかのような形で出るようだ。



空気を通す管が、細くなって、呼吸をする度に
隙間風のような不吉な音が出る。
深く息を吸おうとすると咳が出て、そのせいで体温が急上昇する。
目をつぶって気道を確保することだけを想う。
体をくの字に折り曲げて、何かに懺悔するような姿勢。すがるような呼吸。
このとき、好きな人や物のことなど考える余裕はない。
ただ自らを生かすことだけに集中する姿は、
いったい何を捨て、何を得る為にこんなことをし続けなければならないのか。
何か悲しい生き物ようで、滑稽で
私は、体を半分踏み潰してしまった虫のことを思い出す。


雨の音、喉を伝う風の音、
動を静へと変えるためのイマジネーション
音を海へと同化させろ



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発作が起きると救急車を呼ばなければならないほどだったのに、
「精神でそれを克服した」
という現在はまたヘビースモーカーな強気な母によると、
喘息の発作は呼吸困難に陥るので、脳へ送られる酸素が減り、
人体の構造的にもパニックを起こしやすい状況にある。
そこへ「死」を連想させる息苦しさが襲い掛かる。
呼吸に集中すると、否応なしにそのノイズが耳に入る。
そうなると人間はより一層、悪い方向へと自らを導いてしまうのだそうだ。

そんなとき、心地よいメロディーを思い出しながら
それに呼吸を同化させるといいそうだ。
己の体ですら支配できない人間が唯一、自己管理できる肺という臓器
そこに送り込む空気を調節してやる。

焦らずに、優しく、
ゆっくりと、ていねいに

アダージョ・カンタービレ・ソステヌート
ゆるやかに、歌うがごとく。音をつづけて



行ったこともない遠い異国の草原を想う
風になびく花を想う
深い海の底から眺める海面の光を想う。
その空を通り抜けてゆく飛行機雲を想う。
空の、もっと上の宇宙に拡がる天体を眺める。
そんな無風の世界に響くはずのない球体音楽を
遠く、今じぶんの体が奏でていることを想う。

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次第に呼吸は落ち着いて、意識はようやく夜の中へ
そのまま眠りにおちることができる。

寝不足ではあるが、
そうやって眠りにつけた日の睡眠は何にも変え難い気がする。
眠りにおちるときのイメージは、波の満ち引きに似ているなと思う。
吸い込まれてしまいそうなぐらいゆるやかで
起源に還ってゆくような引力がある。

そうして
喉の状態をもう一度確かめるかのように、2,3度鳴らす。

ここで長すぎた時間を奪い去って
十分に呼吸ができることが分かったら
この時間を夢にしよう

できるだけ体を休めて、また次の音楽を蓄えよう。

しかしもう朝だな。
おやすみなさい。皆様もよい睡眠を。
眠りについている皆様はよりよい夢を。
眠れない皆様は、あの海で会いましょう。
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by aoi-ozasa | 2008-08-26 05:23 | Daily life
2008.08.25 『金沢へ』
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スーパーで買いためたお菓子と
1泊分の荷物と、あとその他もろもろ持って
バカみたいにきっちり決められた指定席を欺くかのように
もう無法地帯の自由席
贅沢にもその4つに腰掛けて、乗り込む前に買った旅本にいくつかのドッグイヤーを数えて
山越え谷越え 北陸へ、

旅日記を書くのは、なんだか途中で楽しくなくなりそうなので
ダイジェストで写真に一言だけ添えます。

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兼六園散策。
緑の絨毯が何百年もそうしてきたように、
大木から覗く光にさらされて、風流な柄を見せてくれました。

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21世紀美術館「ロン・ミュエック展」
孤島にたたずむお城みたいなのではなかったけど、
音楽と本を片手に、もうデートの約束とかをすっぽかして一日ぼんやりしていたいような
気持ちの良い美術館でした。
ミュエックはゆっくり見れてよかった。
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タレルの部屋や、レアンドロエルリッヒのスイミングプールも楽しめました。
家に欲しいです。

ホテルへ移動し、夜におでんを食べてなんならホテル近くのカラオケまで行って
1日目が終了。
あっという間です。

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2日目
ブランチに金沢名物なるハントンライス
オムライスに魚のフライがのった食べ物です。今度手探りでつくってみます。

長町武家屋敷跡を散策して
友達もおすすめしてくれたBENLLY'Sなど堅町でお買い物をして
忍者寺なる妙立寺へ
この間、にんにん、という奇妙な言葉が恋人との間に飛び交いました。
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途中の鴨川みたいな一級河川も気持ちよかった。
忍者寺は、
忍者を期待していた私たちにとって忍者とは無関係だったことに脱帽だったけど、
能面みたいなガイドの人の説明がうまくて、
そこかしこに当時の武士たちの姿が見えてきそうなぐらい夢中になりました。
閉ざされた記憶のなかで、
自分は昔、ここで何かしら役割を持っていたんじゃないか、
と危うく錯覚してしまいそうになるぐらいだったのです。
おすすめです。錯覚も寺もなにも




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疲れきった帰りの車内で、空から堕ちてくるみたいな縦長の雲を見つけました。
興奮して何枚も写真に撮ったので、しばらく見えていたんだと思います。
あれ、おかしいな
私達は高速で移動しているはずなのに、空の景色は暮れてゆくばかりで同じ模様
およそ3時間のこの距離も、ほんの僅かなものであると認識させられます。


礼儀正しいからではなく、一種の慣例であるかのように
私たちは世界の様々なものに色を付ける。
音を組み合わせる、言葉を乗せる。
まるでそうすることで自分の一部にするかのような儀礼を
今までずっとしてきたんだと思うんです。

でもそうじゃない、
色も音も言葉も風景も最初からひとつだった
だけどそれじゃあ、あまりにも届かないじゃない、って
あまりも距離があるじゃないって
やっぱり同じことをし続けてしまうんだと思います。

思い出に付随した音楽は、本当にその時流れていたものだったのか?
音は、色は、
後に塗り重ねてゆくものではなく、深く体内に刻まれるような形で
はじめからそこにあったのではないか?
誰に諭されるわけでもなく、貴方の中には色や音楽が
区別されないでずっと共に響音していたはずでしょう、と。

もう感覚というよりも、捧げるに近い
誰かのためであったり、自分のためであったり
でもそんな風なことを深く、愛しているんです。


もし自分に俗世間的な物欲観点がなかったら、
今回のような旅を誰かにプレゼントしてみたいなって思います。
特別な、目新しいきらびやかなものなどなくとも
干渉的な観念に捕らわれず、ゆっくり流れる時間を過ごせるように
場所そのものが、感じる人をすぐ傍でエスコートしてくれるような

そんな週末を

いい旅でした。
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by aoi-ozasa | 2008-08-26 00:44 | Daily life
2008.08.19 『予言ノート』

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夏に京都。
主に目的地までの、
橋渡しにしかすぎないこの土地をなんとなく記念撮影。
学生の時死ぬほど見たやろうな景色も盆を盛りになんとなく色風情。
健康的な河川と空、
だけどもそれらは側面的な郷愁でしかなく、
今日も例外なく、強靭な太陽が良細胞を癌化するスピードで体中に駆け巡る。
私は汗を拭い煙草をひと吸い
煽るビールが如く、ときたま飛び出す咆哮が如く
友達のようなものでね。これもまたなんとなく景気付けってわけ。
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琵琶湖で友人らと再会。
皆変わりないと書きたいけど、
たった1年にして腹回りが異様にふくよかになった人が多い。
子供は居ないが父親風情。
でも表情がやさしくなったような。やはり気のせいか。
砂浜に来ても煙草ばかり吸う。人を変えるのは場所ではない。
そして日光に背くこの格好とこの態度。その他有形無形。
ちゃぷちゃぷとつけた手足からは生ぬるく、でも透き通った湖の恵み。
大声で「ああーああー」と言いたい気分だけど人目がはばかれてしなかった。
ああーでも、何も考えないでしばらくこうして居たいや。

秋トンボが襲来して秋を告げる。
その姿を横目に流しては、旅立つ友人に暫しのお別れを行って
2時間ほどでこの場所を後にしたのです。
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手帳がない。
ないから何していたかよくわかんない。それもどうかな。
地元のBBQ眠すぎて行けず。連絡もせずスルー
すいません。次は絶好調でいきます!
でも忙しかった盆休み。神戸とかも行ったしね。暑いよね神戸も。
Modernarkという雑貨屋さんに連れていってもらい、
金もないのにラグやら何やら購入。ここ安いしかわいい。
また別の友人に理解されなかった熊のハンコ。
かわいい思たけど気のせいやったかな。
中学のとき授業中、織田信長の顔の手彫りハンコ作ってた奴の机に
そいつが居ないのを見計らって、放射状に織田信長押しまくったのが私やったってこと、
なんでバレたんか今なら分かる気がするけど、
巨体が噴火したような当人に不意打ちで後頭部思いきり殴られたしやっぱり苦い思いで。
苦い思い出だけに何度も話して事実が捻じ曲がって
そういえばあの時殴られたことが全ての発端だったのかもしれないなんて。
結末はやっぱり私ハンコ好きなんかも。ええい、強気でいくわ。

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久々に遊びきった感が体内時計を蝕んで、仕事になんねぇ
お弁当に付いている、「こちらからのどこからでも切れます」
と書かれたビニールのソース袋がどこからも切れない。
こんなことで癇を起こしても仕方ないので鋏で応対。
臨機応変に生きるっていうのは、なるべくスムーズに物事を運ぶためのものだけど
要は臨機応変せざるを得ない何かが問題であって、結構ストレス感じちゃうよね。
臨機応変をこんなとこで持ち出す自分もどうかしらってね。
友達に話したら少しも笑いもせず真顔だったから、
自分はよく笑う人種なほうとは思っているけど、
笑ってないとき他人にどんな印象を与えるか考えてたら
もうその時点で可笑しくなって断念。
劇画みたいやねんもん。
鉛筆転がっても笑う10代の頃とまぁあまり変わってない。



「物より思い出」という恋人が
10月の誕生月にライブを二つ用意してくれている。
radioheadとsigurros。
radioheadは2003年のサマソニを行く予定が、友達と前の晩煽った酒がよくなかったか
目が覚めたら昼すぎで、信じられない猛暑だったから行けなかった。
それをずっと悔やんでた。今回秋に見れるなんて夢みたい。
スタンリーの個展行けなかったし、ライブT買いたいなぁ
そしてsigurros!さいこう!
音に出会った20歳の頃から、もう4、5年も恋をしている。
まさか生で聴けるなんて!
まだ行ってもないのにこの高揚感。餌食的な祭壇を期待してます。
10月は北海道も行くし予定もりだくさん。
やはり手帳を探さなければ・・書かないと忘れてしまう。
そしてこれもまた、未来を予測する予言ノート。
過去をただ追うよりは少しまともか。

さーて、小夏休みも終わったことだし、仕事がたまってるなー
もりもり働きますかー
この夏会えなかった皆は残念だったけどまた秋に!
しおらしく月見といきましょか。
またお会いしましょう。次は心持ち秋スタイルで。
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by aoi-ozasa | 2008-08-20 00:43 | Daily life
2008.08.14 『暗涙を流す間もなく』
さんさん、さんさん 太陽光が降り注ぐ

太陽はもう透明な季節ではなく、
すっかり緩んで生き物の匂いを溶かし込んでいる。
時間は移ろっていく
それは生命の季節だけど、どこかで何かが死んでゆく
(ノスタルギガンテス)

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8月7日
もうここらへんになると、記憶が曖昧だ。
どこに居たか、どんなことをしていたか
手帳を見れば済む話だけど、残念ながらそこには何も記されず
書き込みが思いついたときだけに限られるので、
結局管理できていないのなら、これをもはやスケジュール帳と呼ぶことはできない。
でも困ったときに開く辞書ぐらい移り気で、やめられない。
そしてふとつけたテレビぐらい退屈で、何もない。

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8月8日
この日のことは携帯の送信メールを遡ることでようやく記述される。

表で撮影作業をしていると、眼鏡が体の一部のようなおばさんが声をかけてくる。
死んでるんじゃないかしらお宅の猫。
ふと床で寝転がっている猫たちの姿が脳裏をよぎり、違います、うちのじゃないです。
おばさんがうちの猫と見間違えたという猫の死体を一緒に見に行くこととなった。
家と家の隙間に収まるように伸びきった肢体は、
遠目では死んでいるようには見えなかった。
近づいてもまだ透明感のあるガラスのような目玉は、
必死で何かを見るようにもがいているようだった。
死後硬直が既にその身体を剥製のようにしていて、
持参したダンボール箱に詰めるとき、力づくで折り曲げなければならなかった。
蓋を締める前に少しだけ頭を撫ぜてやったが、
喉が鳴る音はなく、刹那、触れた箇所にもプラスチックのような冷たさを感じた。

猫は死ぬ前に姿を隠すというが、
どうしてこの猫はこんな目立つ場所で死んでいたんだろう。
その理由は私なら、すぐに見つけてもらいたい。
知ってほしい。
それは、「知りたい」という欲求よりずっと
貪欲で哀しい響きがある。
いつかは一つだったかもしれない世界中に散り散りになったおのおのの感情たちは
今日も例外なく、
誰かと繋がりたいと強く渇望をしているよ。


8月9日
久々の肉を食べる。
外の雷がすごかった
雷はなんか奇天烈に怒られているみたいできらいだ。


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久々に日記形式で書こうと思ったけど飽きたのでやめる。
なんのためにこんなものを公開しているのか謎になる。不思議だ。
涼を伴う冷たいお茶がうまい。
立秋を過ぎたわけだけど、まだまだ夏は共にあることを選ぶようだ。

大きな積乱雲が、青を支配する大国のように浮かんでいる。
とてもじゃないが、あれがただ空気中の水蒸気が凝結したものとは思えない。
そこは龍の巣と呼ばれ、あの向こうにはラピュタ王国がある
何度そう思ったことだろう。
飛行石がこの胸にぶらさげられていないということを思うと、
わたしは歓迎されてはいないらしい。まして名前の後ろにラピュタも似合わない。
もし行けたところで、恐らく侵入者としてレーザー砲で瞬時に射殺されてしまう。
だから見れるだけでもいい。本当にそんな夢の国があるということ知れるだけでもいい。

でももし見ることが叶ったら、きっと今の気持ちには戻れない。
いま抱いている全てのベクトルがラピュタと共に誘導され、
すぐ次の段階を望んでしまうだろう。
世界各国の、あの場所を目指す人々と共に忠誠を誓い、
いつかあの場所で会いましょうと
そんな具体的な想像まで働いてしまえるほどに、あの映画が好きだった。


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8月10日
友人と会うために、初めて茨木から阪急電車にひとりでゆられる。
緑に拡がる田園を挟んで、平行に走る鉄青色の電車
近づいてきそうで、でも一向にその距離は縮まらない。

もう一人の自分が乗ってたらどうだ?
彼女もまた、こっちを見ているんだろうか
それとも気付いちゃいないだろうか。
今より多くを求めてしまうぐらいなら、最初から知らなかったほうがよかっただなんて
どうして言える?

想いは連鎖するように、決して単体では産まれない。
好きというこころには、嫌いという反対の感情が表裏一体化して連れ添うし
一度何かを手に入れると、それに付随する全てのものに視野が拡がる。
それを度外視することなんて不可能だ。
壁の向こうには、さらに広い世界が拡がっていることを
そしていつかその壁を乗り越えなければならないときがくることを
私達はきっと生まれながらにして知っている。
パーソナルスペースは己を守るためだけに存在しているわけではなく
きっといつか誰かと共有するためにある。


さざん。

潮の満ち引きのようにそこには波があるだろう。
壁を打ち壊したいと思えば、もっと閉じこもりたくなるように
先に進みたいときもあれば、時に戻りたくなることがある。
それは後悔とはきっと違う。
僕らは、毎日もっと美しく生きたいよ、とは思うけれど
そんなコンクリフトを抱えながらも
じゃあそこに行くために、自分の全てを引き連れてく準備みたいに思えばいい。


今日から短い夏休みだ。
仕事や予定が詰め込まれていて
小学生の頃のように毎日寝てるわけにはいかないが
誕生月を前に、この早すぎた半年を少し振り返るにはいい機会かもしれない。
3歩進んで2歩下がる。
なんて煮え切らなくて、苛立たしい不毛な歩み方、全く笑えない冗談だ。
でもきっとそれは真理をついてるよ。
音が聴こえるか?
暗涙を流す。
まもなく、滑脱に世界は変化してゆく。

さて、仕事に戻ります。
皆様もよい夏休みを!
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by aoi-ozasa | 2008-08-14 16:10 | Daily life
2008.08.06 『その物語は、』
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卓球台程度の大きさの台座をコの字型に囲むようにして
その席は設けられている。
まるで中庭を見下ろすように、1,2,3段・・と段差がついた席に腰掛けると
ちょうど真ん中が見下ろせるような仕組みとなっている。
台座にはシーツが敷かれ、
天井からチェーンでぶらさげられた蛍光灯の束で強く照らされる。
白はより白く見え、見方によっては青白くも伺える。
その上には、パレットの純潔を汚す絵の具のようにして、数々の商品が点在している。
どれも時を経ているようでアンティークな趣があるが、
それに一体どれぐらいの付加価値があるのか
残念ながら今の私の基準にないので分からない。

私はその席の一番上に腰掛けて、
この夏の文庫シーズンで購入した夏目漱石の「こころ」を読みながら
時折それらの商品群を眺めては、自分の番が来るまで黙って読書を続ける。

外に、蝉の鳴き声がしない。
時間の概念を失くすほど明るく、空調管理でよく冷え切った室内。
何十年の時を経て、はたまた数年を重ねて
もう一度価値を付けられるものたち。
まるでここだけが時間を忘れた異空間のようだ。

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私は、
月に4度の自分の職場を改めて観察し、飽くとまた本に戻った。
自ら死を選ぶことがあらかじめ定義とされているかのような主人公を
ひたすら追い求める青年の視点で前編ははじまる。

まだ途中なので感想も何もないが
定められた終着点に向かう様を淡々と述べられていくストーリーは
まるで尋問を、或いは、誰かの告発を遠巻きに清聴しているかのように感じられる。

ここで私と本との関係は、まだ内と外に分けられる。
いま、私はまだこの本の中のどの登場人物よりも儚い立場に身をおいている。
一瞬でこの中から消えてしまえるぐらい。
瞬時に動作一つで物語を終わらせてしまうことができるぐらい。
だけどこれから私は、この本において主人公に負けず劣らずの立場となるだろう。
潜在は、やがて顕在へと変化し、
全ての会話の中に、決して描かれることない空白の『 』が用意されていることに気付く。

そこには私自身のこころが入り、
私と本という決して相容れないその距離を限りなく縮ませて、
驚嘆し、耽美し、そして投影をして
やがて私は、物語の中に自分自身を見つけてゆく。


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意識が市場へ帰り、気が付くとシーツの上は先ほどとは違う商品に置き換えられていた。
知らぬ間に売り手が変わっていたのだ。
本と向きあっていたのでどれぐらい時間がたったのか分からない。
また新しい買い手たちが声を出す。
手垢と、傷みと、そこに染みついた時代
それをより際立たせる白の対比が眩しい。


外に出ると激しい夏の夕立ちが、暮色をかき消していた。
雨が、外を洗い流して、怒りのように激しく打ち付ける。
既に半分を読み終えた本の余韻に現在がトレモノのように感応していく。

些細な環境変化にも、順応してゆく自分がいる。
ある行動が習慣となると、生まれつきの性質かのようにごく自然なものとなる。
いつか疑問だったものにやがて何も感じなくなるように
感情もまた、淘汰されていくんだな。
だからそれを見失わない意識が私たちには必要なのかもしれない。

時々、本と向き合って新しい発見があると、
少し心が豊かになったような気がする。
本の中に存在した私は、読み終わって元の自分へ還る際に
些細でもきっと、読む前にはなかった基準を与えてくれるだろう。
音楽でも、絵を描くことでも、誰かと話すことも、ひとり、籠城して瞑想にふけることでも
どうかこの世界に飽いてしまわぬように
知らぬ間に人は、
新しい自分自身と出会ってゆくことを行動の利とおいているのかもしれないな。

時にナーバスに、時に歓迎して
今はただ、それが独奏とならぬことを願うばかりだ。
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by aoi-ozasa | 2008-08-07 00:57 | Daily life
2008.08.04 『特別な日なので炭酸入りのジュースをください』
綾並終了。
分かってたけどただのめばちこ(方言)でしたー
よかったよかった。

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気が付いたら月曜日ですね。
「HEROES/ヒーローズ」見てて気づきませんでした。
最高です、あれ、最高です。
ピーター(分かる人だけうなづいて)好きです。
なんならピーターになりたいぐらいです。

もう仕事も何もせず半ば廃人状態で20時間近く見通しだったわけですが、
その間、睡眠中に変な夢をごろごろ見ました。
そろそろ・・目覚める時期かもしれません・・・

この間、唯一成し遂げれた予定は美容室だけです。
しかしこれもまた、11時の予約が16時になるというヒーローっぷり。
そして金欠にも関わらず、もはや思いつきのみでヘッドスパなるものを受けたんですが・・
やっぱり髪の毛だけ切らせときゃーいいと思いました。
残念でなりません。わたしもあなたも。
切りすぎやし。伸ばしてるゆうたやん、
それもか!それもあかんのか!ほなら何やったら出来んねん!
蟹でも採っとけ

そして髪切った後、プライベートワーク放っぽり出して
後始末かのようにまた続きを鑑賞しに恋人の待つ茨木の家へ。
ゆうわくには勝てません。煩悩だらけだからね。
そのまま明朝まで次の日東京ワークな恋人と共に残り2話を残して燃え尽きました。
あまりの興奮にもう何がなんだかわけがわからなくなって
まだ観終わってないにもかかわらず、鑑賞中に思わず出会えてよかったばりに
「観てよかった・・」とつぶやいてしまいました。
(もちろん、隣で恋人の洗礼を受けました)

もはや、餌食ですね。
モズの早贄です(意味なし)。
http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLJ,GGLJ:2006-30,GGLJ:ja&q=%E6%97%A9%E8%B4%84%20%E3%83%A2%E3%82%BA&um=1&sa=N&tab=wi





あ、そういえばモズの早贄で思い出したけど、
お客さんにワニの燻製とかゆうどうしたらいいのか分からないお土産をもらい、
興味本位、みんなでほうばったけど、
これがまた、ビーフジャーキーが水浸しになってさらに強風にさらされたような味で
皆がなんともいえない表情をしたまま仕事に戻り、
そのまま存在が行方不明になっていたのですが
さっき気が付いたら、私のお菓子コーナーにそっと添えられていました。
父の仕業です。
面倒くさいので何も言いませんが、
ズタズタにして明日でかけるというビジネスバッグにぎっしりと詰め込んでおいてやります。

最近知ったのですが父は非常な虫嫌いで、
「虫、足6本とかあるやん、俺そういうのめっさキライ」
と言っていましたが、それは分かるけど蟹にもそれに似た嫌悪感があるらしく、
「お前らちっさい時、川とか行ったやん?蟹とってー、蟹とってー、言われたけど
俺とったらんかった」
という衝撃的な告白を受けました。
採ったったらええやん。かに、かわいいやん。おいしいし。

ぜんぜん関係ないエピソードでしたが、目には目を、歯には歯をです。
でもなんでもかんでもスモークにしたらええってもんちゃうと痛感しています。
まるで一つのことしか見えていないのは危険です。
それにあんな珍芸は誰かと誰かの仲を壊すだけです。
皆もお土産選びは慎重に。
ワニなんか食えたもんじゃありません。

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今月、金沢旅行にいってきます。
念願のロン・ミュエク展。http://www.kanazawa21.jp/exhibit/mueck/たのしみだなあ。
"Hase/Coniglio/Rabbit"の如く、
自分が小さなデイジーの花になったように感じてきたいと思います。
たのしみです。わくわく
いいお店知ってたらおしえてね。

しっかし金ねぇわー
メンフィスこねーかなー
あーヒーローズ観たーーい 今すぐ観たーーーい
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by aoi-ozasa | 2008-08-04 16:35 | Daily life
2008.08.01 『草々』
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眼帯生活2日目。
鏡見て、おいおい意外と似合ってんちゃうん?
と思ったの束の間、
違う鏡で見たら全然いけてへんやん、びっくりしたわ。
ただ目、患ってる人やん。
いつも同じ角度で見てたらあかん。一方通行やろ。
綾並みたいなるんちゃうん思ったけど全くなってへんし、
これで出歩くんめっさ嫌やけど片目潰れてるししゃーないわ。
実際お兄ちゃんにボコられてもこんなんならんかったけど
朝起きたらこうなっててんからどうしよーもないわ。
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初めて行った眼科の3軒隣の薬屋に金魚。
高麗人参みたいなめっさ人間みたいなやつのホルマリン漬け
の隣ででっかい水槽に1匹だけ飼われとって寂しそうやった。
おんなじ軌道かいて息苦しそうにぐるぐる周っとったけど、
川泳いだことあんのかな。
水槽の端のガラスが、ミラーみたいになっとって広く見える。
反対側もおんなじようにそういう風になってるから
合わせ鏡みたいに横軸に無限の世界が永遠に止まらへん。
ほんで、そんなんどこまでもいけそうな気するやん、
でも壁、
壁あるから、頭何回もぶつけとった。

でもこいつもその内に気付いた。
ミラーの向こうにもう1匹金魚おるみたいになってる。
じっとな、見とったわ。
鏡やで、それ。心の中で思ったわ。

家族のこととかは、覚えてへんかな。
友達は…いてへんやろな。
何やと思ったん
それあんたやで。
何やと思ったん。




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恋人を待つJR新大阪
迎えに行くのが得意になった。
自分から誰かに会いに行くっていいわ。
なんか自分で選んだ気するやろ。
ただ待ってるよりも、数倍意味ある気する。意志ある気する。

いつも迎えにきてもらっててん。
車の助手席で景色ばっかり見てたわ。
だから道全然知らんねん。会話もあんま覚えてへん。
もっと自分からも行ったればよかったなぁって
なんで今頃になって思うん。

色々してもらったのに何も返されへんな。
あんたが、どっかで誰かに色々したげるみたいに
あたしも色々誰かにしたあげたい。
博愛主義ちゃうで。
でも誰かに無償で何かしたあげたいって気持ちがなくなったら終わりやな。
当たり前のことやけど、
損得勘定抜きでそういうの出来たらええ思う。
ほんまええと思う。


信号待ちで色んな人、見とって色んなこと思う。
何も思わへんときもあるけど、色々思うは思いっきし色々思う。
一瞬の出会いやし、言葉すら交わしてへんけど
その人がどんなもんを好んでるかよりも、
どんなもんに愛されてるんかってそんな一瞬でも見えたりするもんやな。
赤いネクタイつけてるおっさんは、
そのネクタイ自分で買ったんかどうかは知らんけどよう似合てる。
おっさんは赤いネクタイに愛されてる。
嫁がくれたやつかもしらんな。
そうやったとしたらええ嫁や。おっさんのことよう分かってる。


今まで、自分を形成してるんって自分やと思ってたわ。アホやろ。
自分で選んだ服着て、好きな姿勢とって
選んだ理想の自分になれるような気しとったわ。

昨日また1人、母親になった友達見て思ってん。
たった数ヶ月会ってへんだけやのに、母親の顔しとったわ。
たぶん、子供連れてきてへんかったとしても思ったと思う。
素っ裸になってもそれだけは変わらへんと思う。

あたしが今まで身を固めてきたもん全部剥がされてただの1人の人間なったとき、
どんな風なんやろ。
そればっかりはいくら鏡覗いても、自分の目では見れへんもんやな。
皆やってせやろ。
だから傍でそれを教えあえる人が居たらええよな。
あたしにもええとこあるとしたら、それはもらってきたもんやわ。
ありがと。
もう届けられへん人もおるけど、
それがくれた人らに伝わればええなと思う。

色んな友達に会って、皆いろんなもんに愛されてんのがよく見える。
今度、友達の送別会あるねん。
手紙に、そういうことうまく書かれへんかな、って思ってる。


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フラボアのピンクのジャガー届いた。
あんま似合わなさそうやけど、これ履いて散歩するわ。
今日な、ほんまはエロイムエッサイムについて日記書くつもりやったん。
でもRadioheadのFake Plastic Treesって曲があまりに良すぎて
全然ちゃう日記なってもた。

Elohim. Essaim. Frugativi et appelavi
エロイムエッサイム/我は求め訴えたり

それもええけど、
それだけじゃない人生を満喫できてんのかな
できたらええな

歳かな、
いや関係ないな。これ常套句みたいになってる。
最近な、そんなことばかり考えてる。
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by aoi-ozasa | 2008-08-01 20:11 | Daily life
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Allegro

25歳なりました。日記は長いです。覚悟してください。
by aoi-ozasa
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