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2006.06.28 『断食日記』
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壁の白が煙草のヤニと歴年の経過ですっかり黄色く病んでいる。
少しクリームがかったサンドベージュは、とろみのあるオイスターソースのようで、
見ているだけで頭を鈍器で殴られたようなぼんやりとした感覚がある。
寒色系の部屋では時間が経つのが早く感じると聞いたのに対し、
暖色系はそれとは逆にゆるやかな時に抱っこされてしまうのだそうだ。
だからここでは時間が経つのがこんなにも遅いのだな
と、思った。


水曜の朝から数えて70時間ほど何も食べていない。
綿密に言うと自宅と職場を往復しながらも
身体は何も食べない2泊3日の旅に出て、まだ帰ってきていない。
真夜中に突如、部屋中をピカピカに磨き上げたくなるのとほぼ同じ衝動で
この日、食べることを一時やめた。
おとんの友達も、銭湯に行くつもりがそのまま風呂桶持って韓国へ飛び
嫁に行方不明の捜索願いを出されていたようだし、
にんげん、思うときはいつも突然なのだ。
こんなに長い時間食べ物を口にしないのは、いったいいつぶりだろうかとは思うけれど
この間、驚くのは空腹感が全くないということだ。
ただし、なにか甘いものが食べたい。今は
何かにすがるかのように、そんなことを切に思う。
これは食べたいというよりも触れたいに近い気がする。
もとより吸収を望まないのだから、単発的な接触と触発たったそれだけでいい。
でも叶わない。
その不毛さは幼い頃抱いた恋心をはるかに超える。
修練だろもはやラマダン。
なぁこれはまるでインドの修行僧のよう


●1日目

全くもって変化はない。
いつも同様ものすごく眠い。
三大欲とはよく言うけれど、睡眠欲に一番をあげたい。
野菜嫌いだから普段野菜をほぼ採らないくせに、野菜ジュースを買ってみる。
ここにきて急に健康を意識している小心さに笑えるが笑ってる場合じゃない。
飲むんだ。飲め
飲む達人になりたいね。
ある意味さぁ、憧れに近い感じだよね。
意味もなく頭を歌詞が通り過ぎる。
普段、歌詞を眺めることが多い私は、その状況に見合った曲を頭の中から取り出すのが
自分でも気づかないまま得意になりつつあるようだ。
あぁ
ものすごく今の自分の心境を写してると思う。
ぜんぜん不本意な状況なわけだけども
野菜ジュースを好きになれそうな気さえするのが疑問だ。
しかし歌詞にある「信じることの出来そうなくらいのかわいい嘘」
って自分にとってはなんだろう。
オマケ思考が空中を旋廻迂回。これ断食と関係ないしやめとこ。
誘惑に負けはしないがグッドな答えも出せずちぐはぐな状態で就寝。
食べ物の夢は、見ない。

●2日目

身体がだるいし、胃が痛い。
でも野菜ジュースを飲んだら驚くほど回復した。
すごいんだな、あれって。
仕事中は本当に時間がたつのが遅い。
集中力が切れてしまうことを恐れたが、別に元からあんまりないし、それはそうでもなかった。
空腹感はないが、甘いものが食べたい。
ときどき時計を見て、胃に何も入っていない時間を数値化して不適な笑み。
ははは。耐えろ、耐えろ。己に勝て。
ていたらくな生活を打破するストイックな一筋の光。
時々、自分の実態や状況を顧みて、
いったいなぜ自分はこんなことをしているのか
理由や意義がどこかへ分散して形をうしなってしまうことがあるが、
この日、まだその意味を失うことはない。
夢も、見ない。

●3日目

身体が軽い。なんだか無性にヤル気もある。
これが断食ハイ
世の中には色んなナチュラルハイがあるが、
これはまた違った趣があるなと思う。
何よりも身体が実際に軽いのだから、己の跳躍力さえあなどれそうな気分。
重力にも勝てそうだ。月いっとく? うぜーなこれ
空腹感はない。
ただ、事務所のテーブルに転がるアルフォートを八つ裂きにしたい気持ちでいっぱいだ。
もしくはそれを手に、
レスラーが引退の花束で関係者をしばき倒すような軽やかな動作で
値聞きの客のいけすかない面を気の済むまではたいてやりたい。上履きのようにね。
気分はいいが、少し感覚が鋭くなっているような気がする。
あと寒気がする。
これは身体に燃焼するカロリー足りないせいなのだろうか。
よく分からないが、今日で終わりだと思うと心も軽い。
ハードルが必要なら、リミットだって同じように。
いっぱい寝よう。そうしよう。




・・・

と、昨日ここまで書いて、途中で寝たので忘れてしまいました。

結局日常に帰ってきましたが、別段変わりはないです。
ただ、世に言う断食とやらをどうしてもやってみたかったのと、
自分がそれに耐えられるぐらいの精神力があるか試してみたかっただけです。
それぐらいはあったようです。
事実、断食はデトックスといって身体の毒素を排出する作用があるようで
これは実際にいいと思いました。
今は体が軽いけど、腹に何も入っていないからで、ダイエット効果があるかは不明です。
興味ある人はやってみてください。
脂ののったおっさんでさえ、1週間ぐらい食べないで過ごしたりしてるみたいですし
負けてらんないですね。
しかし空腹感が全くなかったことに驚きを隠しきれません。
食べ物への執着は、精神依存が大半をしめているようでした。
今日から回復食といって少しずつ普通食事に慣れさせないと死ぬそうです。
気をつけます。死んだら元も子もないです。死にたくないです。
皆も思うほど若くないんだから体にはきをつけてください。
うん。
では、また。
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by aoi-ozasa | 2008-06-28 13:54 | Daily life
2008.06.20 『6月の諸事情』
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ねこです。

どうも最近ねむくてねむくて、
ああそういえば今年は5月をスルーだった、と思ったら6月にきた。
もはや7月を前にして5月のことを思うことをやめれない。
5月病とやらは、全く誰が言い出したのか知るよしもないが
とりあえず年に数ヶ月、とにかく眠すぎる月間があるというのは
まぎれもない事実である、と私は思う。

昨日、久々にロードショーでトータルリコールをやっていて、
これはもう、ザ・フライ並みに回数を観た映画であるけれど
ザ・フライ然り、部分的なシーンしか記憶にはない。
フライは蝿になりかけてうまく走れないところ、
トータルリコールはミュータント達がぐったりしているところ
別段思い入れがある映画でもないが、見たかったのに寝てしまってスルー
暖かい湯船に漬かって惰性という快楽と混沌に似た響きに眩暈を覚える。
そういえばメールの返信していない。
というか何かいろいろ忘れてる。
何かしらいろいろしなくてはならないことがあるはずだけど、
それらを全部スルーして畳の目を気のすむまで数えたい気分だ。
ときどき衝動的にそんな気分に苛まれる。
4000ぐらいまで数えたことがある。今なら5000くらいはいけそうだ。
でもわたしの家に畳の部屋など、昔からなかった。

波羅僧羯諦 菩提 薩婆訶 ハラサムギャテイ ボ−ジュ ソハカ
今日もまた
頭のなかで般若心経唱えるよ。

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ブルー

ペプシブルー
コーラが青い。
別にハワイを思うことはない。
きれいな色だとは思うけど、カキ氷のブルーハワイをそのまま飲んでみた
というような自殺行為を大胆にも寝起きから行使した気分。
海は、眺めるほうが好きだ。
もっとも生まれた街にも育った街にも
海が見える場所なんてはじめからなかったから、
好きといえるほど回数を重ねてはいない。
でも好きに回数などないと知るのは、好きでなくなってからばかりだったように思う。



数日前に、帰り道国道1号線の真ん中で、
空を仰いで叫ぶ人をみた。
いったいいつからそうしているのか分からないが
車線と車線の間で信号が赤に変わってもしばらくそうしていたんだと思う。
道行く人が、いろいろな想像を彼に被せては
わが身を振り返る。
これでよかったのかもしれないし、ああすればよかったのかもしれない。

智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。
意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。

なぁ、これが海の真ん中であったなら、
太陽の日差しをめいいっぱい浴びて、潮風を受ける
南国のそれはそれはきれいな水面にその身を浸らせていたのなら
誰もそんな風には思わなかったのかもしれない。
ただ、彼が選んだのはしみったれた国道1号線で、
空を賛美する鳥たちも居なければ、共に唄う魚たちもなかった。
あったのは周りを濁す排気ガスの群れと、どこまでも続きそうな白のライン
そしてあなたと世界の間には、目に見えてスプリットが走ってる。
周りの人は皆、水着など纏う必要もないほどに、無闇に肌を露出しない。


気が済むまでそうしていればいい。
私が湯船で畳みの目を死ぬほど数えたいと思ったように、
彼もまた、国道1号線で死ぬほど叫ぶことを選んだのだろう。

インタラクショナルシンクロニー
:相互の同調性

いっそわたしも叫んでしまいたいぜ
だけど、閲覧者も、私もペダルにかけた足の力を緩めることはない。
急いで家に帰らなければ、雨に降られてしまいそうだった
早く家に帰って見たい番組があった。今日のことを話したい人がいた。

妄想よりも現実と、
対等であることを選んだのだ。
靴紐を結び直して、
何かに望んだものを写すよりも
遠く本物の海を見に行きたいとおもった。



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いろいろなことがある。いろいろな物に見立てることもできる。
ああ、貴方も彼方もあなたでさえも、
狂乱の世を死ぬ物狂いで生きているのでありますね。


わたしはともかくたくさん睡眠をとって
7月こそは!と
またいつものように早寝早起き宣言をする。
できたためしないけど今度こそはと念をおす。
5月病とやらは、まぁいろいろな作用があるようだ。
これからくる夏に向けて諸準備といったところか。

あぁ今年は海にいきたいな。どうせ泳げやしないけど。
明日はkyteのライブ。音の流れに身をまかせてきます。

外に窓を打ち付ける水の音
薄紫の空に灰色が強弱をつけながら絶え間なく。
傘を持ってきてよかった。
また雨がつよくなったようだ
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by aoi-ozasa | 2008-06-20 16:52 | Daily life
2008.06.15 『グロリア』
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ギアをDに入れてハンドルを握り締める
中央環状線は、夕方になると混み出して
夜の帳と共にその気配を少しずつ減らしていく

金曜は恋人の元へ
本来土曜日も仕事がある私はこの日
いつもより一日長いこの特別な週末に向けてアクセルを踏み込んだ。

恋人の家までの道のりには淀川が横たわって、
大きな鳥飼大橋を渡らなければならない。
道の造りがなのか車の流れが悪いのは、誰かの粋なはからいか。
この界隈に長いこと住んでいる住人として
ここから見る夕焼けがかった淀川は本当に素晴らしいって誇れる。
鉄コンの橋が視界を等間隔に遮って、
隙間から呼びかけるように、景観が覗き込む。
誰もが悟りの境地に到達できそうなその時間、
ゆっくりと減速する車の列に巻かれながら様々な人が
色を失う前の、一日の中で空が一番色付く瞬間を見ている。
家に帰る人、どこかへ出かける人、誰かに会いに行く人。

わたしは今、誰かを想いながら
たった数分にも満たない、その時間に人生を堪能する。
隣の車線のおっさんと目が合う。
いや、君にだって負けてない。いやいや、俺だってまだまだ
そしたら少し大袈裟な思考も先走って
生きとし生けるすべての事象に感謝のキスを捧げよう。


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3月から付き合いだした恋人とは初めての誕生日。
既にたくさんのものを交換してきたので
何を贈ればいいのか本当に迷った。
たとえば、今私のベットで寝ている可愛いギズモを
心から愛しても、いなくなった瞬間に、なぜもっと愛してやれなかったのだ、
と多数の後悔が押し寄せるように
それが本当によく分かるから
プレゼントは自分の一心では選べない。
たくさんたくさん自分の中の誰かと向き合って
ひとつずつひとつずつ対話をするように。
恐らくどれだけ頭を悩ませても、私の選んだものは100%ではないんだろう。
でもたった1点でもつけてくれるんなら、
それはもう心から喜ばしいことだ。

私の中の彼も、彼の中の私にも、
きっと現物とは違うところがたくさんある。
互いが初めから、もしかすると向き合ううちに作ってしまった
偶像を見据えて
思い描いていたものとの違いにとまどうこともきっとある。
それでもその1点分は間違いなく一致した。
ガラでもないけど奇跡みたいって私は思う。
私の中の貴方ではなく、
現物の貴方に一歩近づけたような気がする。


プレゼントボックスに見立てたランドリーボックスに黄色いリボンを巻いて
いろんなものを詰める。
不器用だから、我ながらのラッピングの下手さにウケる。
事実、リボンを巻きながらひとり不気味に笑みをこぼしていた。
手紙に旅のしおりを添えた。
芸大を出ているのに、
これはないんじゃないかっていうぐらいの出来栄え
単位ぎりぎりだったのもうなづける。
でも初めて作った。
おかんが言ってた、煙草だって吸ってみなきゃその味のうまささえ分からない。
っていうのは、よく分からない例えだけど何にだって通用すると娘は思う。思います。
きっとこれから良くなる。
来年はもっとじょうずに作れるよ。
そんな風に思うことはできる。

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デートプランには迷いなく京都を選んだ。
二人とも京都の学生だったから、
学生の時には全くと言っていいほど交流がなかったわけだけど
今をいっしょに歩くにはちょうどいいんじゃないかって思った。
寝坊してモリカゲとグリーンブックスには行けなかったけれど
スフェラビルでRemains of the Lightの展示を見て、
新京極シネラリーベで「幻影師アイゼンハイム」を観たあと
ノスタルジックな雰囲気が素敵な祇園花見小路の座敷で
ちょっと分不相応にも近江牛を堪能した。

この日こそはと
しっかりナビを勤めるはずが、結局ほとんどを手をひいてもらっていた。
つくづく私は旅のガイドには向いていない。
それでも喜んでくれて無性にうれしくなる。
彼の誕生日なのに、なぜか私が喜ばされる側の人間みたいだ。


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いろんな2泊3日が過ぎて
これを書く前に振り返って少し話をする。
いつか科学雑誌ニュートンに書いていたみたいに、
今見ているものですら光の到達する速度という時限を解せば
過去のものである。
夜空に浮かぶ星の光に誕生と終結の瞬間を想うように
想いだってほら、気が付けば過去のものになっていくのだろう。
だから、あっという間に通り過ぎていく時間達を
私たちが抱きしめていけるようにこうやって、
こうやって
少しずつ今を紡いでゆく


人は、待っているよりも会いに行くべき生き物だ。
開かれた扉の向こうに立っているのが貴方の望んだものではなく
貴方が自ら叩く扉の向こうにこそ、
自分が本当に望んだものがあるべきじゃないのかな。
それに気付くのにえらい時間がかかってしまった。
でも悔やむ時間があるんなら、それを新しい自分に捧げよう
ほら、今聴いている歌詞にもこうあるように

誰かを通して、何かを通じて
想いは繋がっていくのでしょう

いつか、この景色から遠く離れても
わたしたちがこんな風であれたら



心配事はつきないね、
不安の種もたくさんある。
それぞれのシチュエーションに、それに見合った自分と
場違いな自分がいつも同時に存在しているよ。
ああ、でもひとつだけ
この先のことなんて誰にも分かりゃしないけど
幾千の日々に一つだけ確かな気持ちをのせてみよう。
これだと思えたものには精一杯を尽くそう

その他は神のお気に召されるように。
でもそれだけはどうか自分の意思そのもので。
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by aoi-ozasa | 2008-06-16 04:15 | Daily life
2008.06.11 『あなたの手』
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触らないで、
とその手を制する。
お願いだから同じことを何度も言わせないでくれ。
たった一言にだってそれなりの気力が居る。

目の前には、持ち手の革が割れたバッグがぶらさげられている。
順番を待つようにしてひとつ、あぁ、またひとつ増えた。
出品前の商品のメンテナンス作業。
この手で誰かが必要としなくなったものを、
誰かが欲しがるものへ
バッグを触ろうとした手を制されて、少し膨れ面の父が
もう乾いたかなぁ、まだかなぁと5分置きに問いかけてくる。
先ほど速乾アクリアを塗ったばかりだというのに
何度も何度も触ろうとするので、いちいちそれを止めなければならない。

貴方の手は、

確かに長年い年月を経て、多少なりとも温かみを帯びたに違いない。
脂肪も纏ってたいそう優しそうにも見えることだろう。
されど本来がその無骨な手は、
あなたが思っている以上に、乱暴で、
繊細さに欠けていることを知るべきだ。
たとえ生まれたての赤ん坊を抱きしめるような仕草でも、
ふとしたことに気を捕らわれて、
その指先一つで殺してしまえることを忘れないでほしい。
これまでが何度だってそうだったように
貴方の手には、貴方も気がつかないところで
創造と破壊と慈愛と陵辱とを同時に行えるような力を
いつも宿しているのですよ。

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最近、恋人が子猫を飼って、
遊びに行くたびにそいつらが可愛くて可愛くて、
何度も抱っこをするのだけど
その度にその小ささやか弱さに、尻込みしてしまいそうになるときがある。
友達の赤ん坊もそう、
それを抱くには、自分の手はあまりに似つかわしくなく、
何かのはずみでこの大切なものを、壊してしまうんじゃないか、
そんな杞憂に指先が震えてしまいそうになる。
なるべく力をいれないよう、なるべくふんわりと包み込むように。
でも、だいじょうぶだよ、っていうみたいに
彼や友達は造作もなく大切なものを抱きしめる。

決して乱暴じゃない、乱雑でもない
でも力強い手のひらからは、私にも見て取れるほどの愛情がひしめきあっている。
まるで世の中の汚いものや、こわいものから
大切なものを守るようにその手が包み込んでいる。
私は、これに焦がれる。
ただ、優しく柔らかく丁寧に扱うことだけが
愛しているということではない。
陶芸家や、その一流料理家が、物に魂を込めるときのように
力を入れる部分と、繊細に扱う部分とをよくわきまえている。
ああ、あの人の字がきれいなのは、
あの人の仕草が素敵なのも、
その強弱の振幅にきちんと意味があるからなのだ。

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いつか、本で読んだが
手の美しい人というのは形を指すのではなく
一つ一つを愛でるようなその柔らかい振る舞いにあるのだと。
また、違う本でも目にした。
彼女の字は、決して達筆なものではない、
だけど、読み手を想うかのように一文字一文字が丁寧に書かれており、
それが伝わってくるような、素晴らしい字である。
そんなふうに。
それ以来私は、自分の手の在りかたをよく意識するようになった。
でも意識すればするほど、自分の手がどれほど汚く、
それまでどれだけ無頓着であったかを知るばかりだ。

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いつか怒りに満ちた表情で刃物を握り締めていた父親のあの手は
私の頭を優しく撫ぜてくれたこともあった。
同じ手であったのに、
私はその手を二度と握ることができなかった。
そしていつもそんな風に誰かの手を求めていたのだ。
自分を優しく、暖かく、包み込んでくれるような
優しい誰かの手を。
そしてその差し出された手を握り返すに、
自分の手は本当にふさわしいのかと考えてしまう。
その手の優しさを切り裂いてしまいはしないかと。
その美しさすら剥奪してはしまわないかと。
私の手はこれを握り返すに値するのか?
これにあれを抱きしめる資格はあるの?


それでも、たくさんのものをこの手で触ってきた。
目や鼻や耳で感じるのと同様に
生きてきた時間と同じだけ、これも様々なものに出会っている。
様々な温度を知っている。
時には慈しみ、時には傷つけ、破壊して
そんなことを知りもしないで
いろんなものに触れることを許されてきたのだ。
それに悩まされ、悔やんだところで今更変わるわけはない。
ましてやピッコロのように簡単に生えかわってくれるわけもない。
決して拭い去れない
きっとあまりに色んなものが染み付いている。

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自分の手を見てみる。
傷だらけの、不恰好な手だ。
よく見ると、どうしてこういう形になったのかが分かる気がした。
曲がった指や、爪の形や、皺
それぞれにいろんな思い出がくっついている。
決して変わることはないだろう
この手は、
だけどこれからたくさんのものに優しく触れていくことで
少しずつ、また違う方法を見つける。新しい活かされ方を知る。
そうやっていつかは自分にも
優しいだけじゃない、力強い手で
誰かに手を差し伸べることができることだって出来るはずだ。
そして、
そんな手をわたしはつくりたい。


さて本日はイチだ。
今日もなるべく丁寧に扱うことを心に留めて
そしてまた、
この手で誰かが必要としなくなったものを、
誰かが欲しがるものへ
なるほどな、
全てはこの手にかかっているのだとは、
まさにこれのことか。
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by aoi-ozasa | 2008-06-11 08:19 | Daily life
2008.06.09 『あまりに汚いダイヤ』
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これ、何だろうか。

恋人の家のすぐ裏には、気持ちの良い公園があって
待ち時間に散策していると、何か得たいのしれないものを
踏み潰した感覚が足の裏をくすぐった。
見渡せば、そこらじゅうに落ちていて
その数になぜか怖くもなったけど、
しばらく眺めていると可愛らしくも思えてきた。
この感覚はあれだな、何かと似ているな。
様々な答えが一瞬で頭の中を掻いたけれど
それはどこかで聞いたような受け売りのような感があったし、
特に自分が好むような既視感でもなかった。
つまるところ
どれも胡散臭いのでここには書かない。

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川沿いに腰をかけて、夕暮れの明かりで読書した。
こうしている間にも様々な情報が脳裏を駆け巡り
その中で色んな現象を産出してゆく。

ときどき、頭の中に宗教がある。

宗教といっても神という神は居ない。
仕方ないだろう、多神教の人種なんだから。
善行のために何かを焼き捨てて、それを持って悪行を戒める。
ある決まった戒律にストイックに思想を投函する。
そんな立派なもんじゃない。
単純に思考の広場には、たくさん人が居て
何か遠まわしで回りくどいことや、他人が聞いたら噴出されてしまいそうな
ごく当たり前で、ナルシズムにも投影されるポエマーな意見を交し合っている。

身なりは様々であるが、
白髪のひげとドレープの聞いた一枚布に体をくるんだアルキメデスみたいな人物像が多いのは、
神という実体のない存在へのイメージがそれに近いと感じているからだろう。
彼らはときどき小競り合いを起こしては
その日のリーダー格のような人物がそれを一掃する。
まとめ役だな。今日の教訓というやつか。
だけどこいつもまた違う日は、些細な意見の食い違いで
他の奴を突然殴ったりするような気の置けない一介の登場人物にすぎないのだから、
別にさしたる信用がおけるわけではないし、そんな権力もない。
こいつであらなければいけない理由などどこにもない。
絶対神でもないし、教祖でもない。
討論がなされ、意識の改革が起こり、
矛盾や混沌を含んで、天ぷら料理に水、というような
決して混じ合えるはずもない食べあわせの良くないものが
一つのアラカルトとしてお膳に排出されるだけ。
この状態こそが宗教で、私を導引する原動力の塊でもあるのだ。

だから誰でもいい。特別な根拠もない。
バラバラになった点を線で結べるというのなら、
心はそれに従うだけだろう。
デキレース?そういうことはあるかもしれない。
だけどどんな考えも、それがどれほど幅広すぎて収集がおけない意見であっても
対をなすような矛盾した道理が潜んでいるとしても
どれもが私の中に確実に存在をし、
常、おのおのの意見を主張し、その存在意義を確かめ合っているのだから
その中でいつ、だれが表に出るのかは本人ですら無意識の選択にすぎない。
だから、
そういった意味を含めて、
その日、たまたま選ばれたのが君だったのだ。


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たまたま選ばれたにすぎない君は、
ときどきバカな行動力を伴う。
動員を集めて、何度も胸のうちをノックする。
行け、行け、行け
私は彼らをとても愛しているし、従順にそれに従う。
何かを一心に信ずることは気持ちがいい。
でも中には、顔を背けて隅でうずくまる者も居る。
参加しきれなかったのだ。この狂気的な集団には。
名を冷静さもとい、臆病とも言うこの陰鬱たちは、
ほとんど力もないくせに、時々妙な存在感を発揮する。
付け合せの集団よりも強く、固く、
結晶の塊のような強い結束力を持つ。
そしてその存在がより一層、ひねり出された答えたちを
強くゆるぎないものへと変えてゆく。

店宛に送られてきた誰かが必要としなくなった指輪の
メイン石を囲うように散りばめられたメレ石を見て
母親がため息混じりにこう呟いたように、
それらはあまりに汚いダイヤであるのだ。
あまりに汚いが故に、値段がつけられず
だけどダイヤであるというだけで、店頭に並ばされる。
時々手に取る人が居るが、皆なんくせを付けてなかなか買おうとしない。
メインの価値の低い石の美しさと
その対比的でもあるダイヤのみすぼらしさに顔を歪める人も居る。
私ならばこれよりも、
ずっとありふれた名前の、だけど自分が心から美しいと思えた石に
お金を払いたいと思うようにね。
だけど誰しもが知っている。迷いがある。
その存在意義を認めざるを得ないといった具合に
それでもこれはダイヤモンドなのだと、呟いて。

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日々、私が抱く意思は、あくまで付け焼刃にすぎないんだろう。
所詮、アルキメデスまがいの原人たちがより合わさって打ち出した答えだ。
どこにでもありふれて、誰にでも手に出来るような
敷居の低いものかもしれない。
ふと一日の終わりと共に見失いそうにもなる。
だけどその周りには、その石を支えるような形でメレ石がある。
汚くて寂しくてみずぼらしく、価値のあるようなものには到底思えない。
だけど世界一硬くて、希少なカテゴリに属される。

どんな意思にも、それを揺るがすような迷いや悩みがつきもので
それを無視しては、どこへも突き進めないように
私の出した結論たちでさえも、
これらの存在なしには、そこに辿り着くことさえも出来なかったのだ。
迷いあぐねた日の自分が居るからこそ、何かに向かってゆけるように
いかなる場合もその弱さから逃げることは出来ない。
いつか誰かにそう教わったように、
そうして今日もまた新しい答えに突き進んでゆければいいなと思う。
否定から肯定を生むのではなく
肯定から肯定を、
より一層固いものへと変えてゆくのだ。


そういえばあと少しで恋人の誕生日がある。
わくわく。喜んでもらえるかな。
7月から一緒に住もうかという話も出ている。
まさかの急展開だ。
いろいろ不安もあるけど楽しみだ。
皆、応援してね。
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by aoi-ozasa | 2008-06-09 16:26 | Daily life
2008.06.05 『序詞』

雪の中を渡ってゆくようだった
ぼくの目には、一つの世界が届いてきている


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それまでどこへ行くも電車だった習慣が滞り、最近車に乗る機会が増えた。
それでも週末に限られてはいるが、
不安定だった自分の運転も、ようやく車本来の能力を発揮し
まだ遠出するには、技術というよりも根性が足りないが
どこへでも行けそうな気もしなくはない。
練習がてら、ひとりドライブ旅もいいかもな。なんて。

ときどき、勢いあまってスピードに乗っていると
混雑した前方の車の集団のケツに追いついて、
減速させられることにひどく苛立ちを感じることがある。
一旦ある程度のスピードに慣れてしまうと、
それが例え人をひき殺せるぐらいの速度だったとしても
まるで園児の手を引いて歩いているぐらいとろく感じてしまうものだ。
でもそれとは逆に10分の1ぐらいの割合で、
そのスピードにものすごく大きな恐怖感を感じることもある。
いま自分は車ごと、
マンションの屋上から落下しているのと同じぐらいの速度で公道を駆けているのだな。
ぶつけたら痛いだろうな。ペシャンコになっちゃうかもな。
すごい早さだもんな。
死ぬかもしれないな。

ふと、気を緩めると
誰も居ない助手席には死神がうずくまり、
悩み、苦しみながら
リルケの詩もさながらに、いったいいつになれば、と
こう、ぼやき続けている。

いったいつになれば、

私を日夜、封じ込めてきた
ここいらから解き放ち、
ようやく背伸びができるように、
歌うことができるように、
戯れることができるように、してくれるのかと。

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私の住む町は近々、巨大な民族移動が行われるようだ。
と、くだらない妄想を膨らましてしまうぐらいに
さいきん本当に駐車場が増えた。
あ、ここも、ああここも。
というような具合にどれもが真新しいものばかり。
一つ出来ると、リンクするかのようにもうひとつ。
壊されていく民家は、一つなくなると連れ添うかのようにまたもうひとつ。
車に乗ることのない年老いた老人が多く生息していたこの界隈は
時と共に、街を活かす人間と共に
その形を大きく変えようと動き出したようだ。
だけど元々が入り組んだ下町造りの道だから
煮え切らないオセロのように少しずつしか陣営をひるがえしてはいけない。
最後の砦かのように、駐車場と駐車場の合間に陣をはる民家は
ただ時がゆきすぎたことを除いては、今までと何も変わってはいないのに、
そこだけが残された浮島のようにも見えた。
囲われてしまった最後の一手は、
哀しいけれどもう運命を変えることが出来ない。
単純にそこに色を落としただけで、
気がつけば八方ふさがり
見渡せど見渡せど、拡がるのは空虚な駐車場ばかりで
全てを一変する力までも奪われてしまっていたのだから。

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夜、とてもじゃないがねむれない。

そんなときは、眠ることを諦めて出窓に腰掛けて煙草を一吸いする。
そうすると心が落ち着いて、
でもそれでやっと収まるというような感じだ。

見飽きたぐらい眺めた窓辺からは
人気のない小さな向かいの一軒屋。
そこの住人がまだ生きていたとき、
内容は覚えちゃいないが、よく話をしたように思う。
身寄りのない女性に家族のように可愛がってもらっていたように思う。
毎朝、挨拶をして、
笑うとハリネズミみたいな顔の、腰の曲がった小さなばあさんだった。
玄関前に備えられた花壇には、今ぽっかり穴が開いたように空洞が拡がって
誰も住まなくなって老朽化した壁は、
隣の家灯にさらされて剥きだしになっていた。

あそこには、金木犀の木があった。
誕生月になると芳しい香りを真っ先に届けてきてくれたものだ。
あれだけ優美に花を飾ったこともあった木々たちは
いまその全てを打ち消すような残骸と化した躯の姿で、
格子状の窓の柵越し、語られずままにして朽ちてゆく。
誰に介錯をしてもらうこともなく、
ただ己が完全に終わるまで気の遠くなるような長い長い時間を
嘆くこともなく、終わらせることも出来ず、
酸素だって捻出しない、世界と切り離されて
最後の花を咲かせたくとも、花芯がもう残っていないのだ。

わたしは
あんな風に死んでいくのは嫌だろうと、
ほんの少し感傷的になっては、
いったいいつからこうなってしまったのかさえ気づけぬほどに
改めて日々、自分は自分のことばかりだと知る。
そんな感慨に心を手折られる。
生まれ変わることもできないやりきれないその光景に
ばあさんを二度失ったようで
胸が、痛む。
見ているんだろう
死神よ、どうか君の力を貸してやれ。
終わらせてやれ、
このままばあさんの所に行かせてやってくれ

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時間の強弱をつけながら確実に変化していく風景
些細なことになぜか哀しくなったり、歓びを感じたり
そういうことをよく考えるようになったのは
知らぬ間に自分も歳をとったのだなぁと
それとも暇を持て余しているんだろうか。
いずれ自分も死期を前に、
花鳥風月で粋な一句を詠んだりできるものなのか。

同じものを同じように見ていても
注釈のつけ方が違ったり、心にとまるものが別であったり
それぞれが、それぞれの意味を望んだり
たとえば小さな世界に生きていても、
一生をかけても足らないぐらいに
見れるところはたくさんあり、
誰にも思想の自由を止めることなどできやしない。
職人がひとつひとつ丹精こめて丁寧な物造りをするように
私のものの見方もそんな風に育ってほしい。
そんな風に愛されてほしいものだ。




ひとつの花弁がひらひらと舞う。
生命から切り離されて、土に還るまでの僅かな時間に
風を纏って旅をする。

誰だって行き着く先は同じだ。
なぁそうなんだろう、死神よ。
だからどんな旅をしてるか見に来ているんだろう?
ひらひらと、風に乗って美しいだろう。
頼りないかい、まるで意思などないように見えるかい
退屈なんてしないでくれよ。
そんなこと誰だって望んじゃいない。
なぁそうだろう、死神よ。
そうは思わないか。
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by aoi-ozasa | 2008-06-05 16:49 | Daily life
2008.06.04 『そうすることでより』
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そういえば
ブログのタイトルが2007年のままだったことに気づき、
いや本当はもっと前から気づいていたけどシカトを決め込んで、
このまま自分は歳をとらなくて済むんじゃないかというような意味不明な錯覚と
でも、そんなこといつ望んだっけ?ってな疑問で
タイトル画像がやっと即席2008年をむかえました。

アハッピニューイヤー
おめでとうございます。

ためしにテストで日記をひとつあげましたが、ついでに書こうとも思いましたが
太陽が昇ったのでタイムオーバーでした。
夜の帳はいつまでも眠気を誘ってはくれないけれど、
朝陽だけが、
その一日の疲れを最もピークに照らし出す朝だけが、
大幅なタイムラグのあるスイッチのように
壊れた生活習慣をなんとか形にしております。


しかしどうしたものでしょう。
少し触っていなかっただけで。

もうHTML言語をほとんど理解できなくなっていた私の記憶力は!
いつも満杯で、常に表面張力でぎりぎりのラインを保ち
わずかでも水滴が落ちるという感覚で付け足された瞬間に、
それまで支えていた容量はいとも簡単に流れ落ちてしまうこの小さな許容量。
それは、
留学生が現地であれだけ流暢に話していた英語を
ホームに帰って馴染みの言葉に触れている間に忘れてしまうようなものか。
愛していると、告げて別れた恋人に
数年後会ったとき、そのたった一言さえ出てこないようなものなのか。
どちらとも言えないし、同じことのような気もする。
とにかく色とりどりの日常は、過去につけた色までもを奪い去って
それを利用して描かれていくようなもので
日々更新を測る私たちに選択の余地など、その余裕などあるはずもなく。
常に新しい絵を描くという本能のために、
貧乏な画家がガムシャラにキャンパスを上塗りしていくのと変わりない。

記憶の欠如とはいつも哀しく、
それは時に感情の忘却のような顔もしています。
恐らくそのほとんどが防衛機能であるにもかかわらず
私たちは忘れてしまったことを痛感する度に、それを嘆くことを飽きなく繰り返し続け
故に思い出はいつもきれいだと思うのです。

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最近は、
季節の移り変わりと共にいろいろな新しいことを体験させていただいております。
最近は江戸落語行ったり、劇団四季のオペラ座行ったり
いろいろ楽しいです。
これは実際の感覚では
新しい道ができたというよりは、
今まで見ることがなかったけれど、確かに存在していた風景の方角に
今やっと足を踏み入れようとせん
といったところでしょうか。
事実、忘れてしまうことだらけの中でも
自分が足を踏み入れていきたい場所が世の中にはたくさん転がっていて
そんな無限大の可能性が私にも用意されているなんて
神様も洒落たことをしてくれるなぁ
と感謝せずに居られません。
盲目的に”変わる”とか"変わらない"とかいう
言葉を使うのはあまり好きではないですが
ただ臆病風に吹かれないようにだけ、前進していきたいと思います。

いつも新しいものに焦がれては、
振り返ることもなく
それまでの自分をいろんな場所に置き去りにしてきたけれど
新しい出来事に出会うたびに、
そこにいつかの自分を迎えに行けたらいいなと思います。
また違う形で記憶を結んでゆけたらいいなと思います。
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数年前に別れてしまった
貴方や貴方と
長いこと会っていませんがお元気でしょうか。
忘れたわけではないけれど、
ずいぶん長い間、思い出すこともなかった。
もし以前のように話すことが出来たなら、
昔話に花を咲かすもよいけれど、できれば近況をお聞かせください。
今の私をみてください。
いつかの面影が薄れてしまったことを嘆くことなどしなくても、
あの頃とはまた違ったような笑い方をして
新しい会話にもきっと懐かしいわたしたちがいるはずでしょう
なくしたわけじゃないでしょう。
そうしてお酒でも汲みあって、
きれいなばかりではない記憶を新しく 作っていこうじゃありませんか。

過去見た幻想に振り回されたりしないでね。
それを美徳だなんて思わないでね。

いつかどこかでお会いすることができたらば、
きっと今のわたしたちで向き合いましょうね。

わたしはさいきん、そんな風に誰かを思ったりもします。
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by aoi-ozasa | 2008-06-04 13:48 | Daily life
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25歳なりました。日記は長いです。覚悟してください。
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