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2008.02.26 『TO BE CONTINUED』
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ただでさえ寒いのに本日大阪は雨。
それすらも自然の恵みだということも忘れて気持ちが落ちる。
雨の日はどうも苦手だ。
それでなくともぐんぐん気温が下がっているのを肌で感じるのに
濡れた箇所から急速に体温が奪われていく。
止め処ない思考が、冷たい表に出ることを嫌がって
体の中で息を潜める度に膨れ上がる。
まるで泣いてしまいたいような感じだ。
でも今にも棄ててしまいたい水分があるのに、外が水だらけだから
ついぞ境目がなくなってしまう。

今、体から何らかの水分が零れ落ちてしまったところでそれは、
きっと雨と見間違えたんだろ。
などと言えてしまうのはそのせいかもしれない。

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幼い頃、雨の日によく本を読んでもらった。
でも思い出せるのはどれも挿絵ばかりで
優しい声色で母親が読み上げてくれる、登場人物たちの声や物語の内容は
窓の外をつたう激しい雨音に消されてしまってほとんど記憶にない。

でも時々、絵柄の中に文章が一緒に構成されていて
そのほとんどは、うふふ、とか、!?とかみたいな擬音語に近い感じだったけど
物語の最後には必ず、おしまいの記号が記されていた。
端の方に控えめにおわりと書いてあったり、
かと思えば最後の絵を完成させるためだけのようにデカデカとfinやENDなどと
その物語が今しがた終わったことを激しく主張するものもあった。

それらの文字はまるで夢から覚める呪文のように
すぐ耳たぶの後ろ辺りまで拡がった世界を
あっという間に、ただの紙の冊子の中へ戻していくような力がある。
ただの平面上の世界に吸い込まれていく儚い主人公達を今もリアルに想像できる。
氷が解けていくように、もう触れることのない世界へ
いや、儚いのは私たちのほうなのかもしれない。
ありもしない物語に心を打たれて、心を奪われて、痛めてしまう。
私たちは、自らが創ったどれよりもきっと
かよわい生き物なのだ。

著者達は残酷である。
子供だった私たちをあれだけ本の世界へ魅了させておいて
終いには、まぁ、君はこっちには入れないんだけどね。
とぴしゃりと言い放つ。
それはまるで、電車の改札口で予期せぬ具合に締め切られたかのような
怒りと沈黙、でもどうしようもない事象。
あまりの突然の仕打ちに私たちは憤慨し、驚いて、
腹部の辺りにぶつかった時の鈍痛を感じながら、
前のめりになった、それこそ最もみっともない格好で
届かない向こう岸をただ見送らなければならないのだ。

私も、一緒に連れてってくれないか。

そんな思いを虚しく跳ね返すおしまいという強い呪布。
君と僕とは別の存在であるという壁。透明の境界線。
でもベルリンみたいな奇跡は起こらない。



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ベルリンの壁が崩壊されたとき、私たちは、たった6歳足らずで
まさか、その状況にどれほどの意味があるのかなんて
全く考えも及ばなかった。
鼻たらして、ガリガリ君みたいなアイスに
ひたすらかじりつくような毎日だったんだから
まさか世界情勢なんて、その漢字すら習っちゃいなかった。
でも、ある程度の歳をとるにつれて、それがどれほどの人を喜ばせたのか
どれほどの人を救ったのか
または、そこまでにどれほどの葛藤があったのかを知ることとなり、
"壁が崩壊する"という自由に似た響きを神聖化したもんだ。
おおむね表面の事実だけを目の当たりにして、それを良い方面にだけ受け止め
本能的に持つ破壊と言う衝動に心がかきたてられる。


「絵本は子供達の世界を拡げます」
と言っていた子供作家コメンテイターをいつかぶっ殺してやろうと
思っていたように、
じゃあなんで、お終いなんて書いてしまうんだよ!と
反抗期のような幼い怒りがまだ確かに胸の中にあるね。
でも、雨の中に溶け込むと、自分の形が曖昧になってしまうかのような
そんな憂いを、
ファンタジックな世界へと旅立って、元の世界へ戻れなくなってしまうような恐怖を
子供だった私は知るべきではなかった。
何も知らされず、中途半端にページが途切れてしまうことに
きっと、耐えられなかった。

それに、私が物事を執拗に考えるようになったのはこのおかげもある。
おしまいと書かれていたところで胸の物語は勝手に暴走していた。
お姫様は王子様と結ばれながらもその後で魔法使いになったりしていた。
あくまで別世界の話だけどね。


ブログを書いていると、この長い文章を一体どこで終わらせるのかに
頭を悩ませることが多くある。
そのほとんどが衝動的に筆を進めてしまっているからね。
じゃあ何故終わらせるのかって、それが終わりじゃないことを知ってるからだろうな。
自分で書いてるんだから当たり前だ。
でもそしたら物語りも、つづく、と書けばいい。
おもしろすぎて続きの絵本に注文が殺到して、絵本作家が病んでしまうというのなら
何も書く必要なんてないじゃないか。
少なくとも終わりだなんて。
さようなら、よりもずっと哀しい響きがあるんだぜー
などと
やはし無理してでもTO BE CONTINUEDに一票。

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久々にめくった絵本を静かに閉じる。
お終いの向こう側が見えるかな。
薄っすらと瞼の後ろ側に意識を集中してみよう。

ほら、物語はまだ続いている。
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by aoi-ozasa | 2008-02-26 22:43 | Daily life
2008.02.24 『森の中を歩いてます』
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やっぱ土曜の夜は映画鑑賞にかぎるよね。
じつは『着信アリ』今更見ました。
続編が3本も出てるなんて知らなかったな。
TSUTAYAのお兄さん、
土曜の夕方に1人でこれ借りる20代見てどう思ったろうね。。。
寒すぎてアイヌみたいな格好してたしね、私。
ハハハ・・・

色々と巧妙に作られているというか
日本のホラーは独自なのか伝統なのか
もう雰囲気だけでもこわーい感じ。
首がもげてましたね。
リング初めて見たときは、死にたいと思ったもんね。映画館で。
でもその後3回も違う友達と観にいったんよな。
スリラーな夜でした。


今、音楽に身を任せながら、これを書いているんだけど
The Album LeafのセカンドInto The Blue Againがかなりいい。
すごい好きな感じだなーー
前作のシガーロスとのよりも好きな感じです。
借りないでCD買えばよかったな。
前作が森林の中のイメージなら、今回のは海って感じかなぁ
あ、単純にInto The Seaという曲のイメージが強いせいかもしれないです。

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昔、よくある心理テストで、
貴方はいま森の中を歩いています
みたいなのがあってさ、

ぐんぐん進んで行って、そこには家があったり、湖があったりって
どんどん世界が拡がっていく。
それはちょっとそこまで散歩がてらの気分で旅をするみたいに、
帰る場所のことなんて毛頭イメージになくって
何かに引き寄せられるようにただ足を進めていく。
その途中途中に出会う物象に対する質問のプラカードがあって
答えを記入するたびに、世界は拡がって次の質問へと移動していくわけだ。

そのテストに出会うたびに、
いつも一生懸命、その道のりを想像するんだけど
何回しても、同じような森林で、同じような家を通り過ぎる。
同じような家にはいつも同じだけの暮らしの風景があってさ
確か、椅子の数が将来の自分の家族の数とか何とかって。
とにかくその時の気分で多少の誤差があっても
いっつも同じような答えを思い浮かべててさ。
何年越しかにやっても結局、私は同じような道を歩いて、同じような家を見る。
じゃあ、自分はいつだって同じ心理で生きてます。
同じような家族観を抱き、同じようなプライドの高さにぶつかり
同じような敵と対峙するんです。
果たしてそんなこと本当に言えるのかなんてさ、
ちょっと思い入れしたことがある。

それで始まりの設問内容に少し勝手な解釈を付け加えて
森の中を歩いている私は1人ではない。という要素を加えてみた。

それはもう色んな人と森に行った。
遠足みたいに幾人もの友達を連れ添ったり、恋人と手を繋いだりしてさ、
そしたら驚くことに全然違う答えになったりするもんだから
『人間の心理というものは、その多くが自我とは別の存在によって形成されている』
ちょっと語弊があるけれど、
そんな風になことを痛感させられたりもしてね
形成と言うよりも恩栄って言えばいいのかな。
それは言い切ることはできないけど、間違いなくその要素はあるんだろうなぁ
って我ながらしみじみ感じたりした。

私を決めるのはいつも私かもしれないけど
私と言う人間を作ってきたのは、やはり私ひとりではないんだなぁ
って
今までの出会いと繋がりを世界に深く感謝してさ
ほんの少しお礼参りすらしたい気持ちになった。
ああ、卒業のあれじゃないよ。

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出会う音楽だって、出会う風景だって、出会うストーリーだって
おのずと自分の一部になってくるのだろうなぁ
素敵な映画を見て涙を流したり、心地よいメロディーに憂いたりを
幾度となく繰り返したら
素敵な大人になれるのかしら、
なんてね。
いや、それだけではきっとなれないんだろうな。
それを一緒に共感したり、そのことを対話したりする何らかの存在があってこそ
初めて、新しい旅の切符へとなりうるんだろう。
帰る場所も知らないまま、踏み出す一歩が続くその先は
きっといつまでも1人じゃ行けない。
行けた所で、いつか分かりきった続きに立ちすくんでしまうよ。

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恐らくものすごく多くの人に手をひかれて生きてるんだなぁ
って最近強く思うようになった。
知らないところできっとたくさんの人たちが暖かい手を差し伸べてくれてる。
その手を払いのけるも、深く握り締めるも自分次第なんだろうけどさ
時には自分から、
その新しい一歩を踏み出すことを恐れないでいれたらいいなと思う。
その行く先に、きっと好きな人たちもそれぞれを歩いてるから
そこで気が向いたら、少しだけ同じ道のりを歩きましょうかって
誘ってみたりしたら気持ちいいだろうな。
誘われたりしたら物凄く嬉しいだろうな。
いつかまた別れないといけない日がやってきたとしても
たぶん、違う道を歩いていくことを嬉しくも思えるはずだ。
歩く道は?出会う湖は?そこで見た家族は?
毎回違う答え用意してやるよ。
時々しっくりいかないっていうのなら、
きっとそれは自分自身のせいだ。


なぜか色々物思いにふけるが多い最近の夜明け前。
心が何かを知ろうとしているのが自分でもよく分かる。
それにならって体がどこかへ進んでいくような気もする。
できるなら、それは自分の力で選び取っていきたいね。
素敵な人たちと歩いていくためにも。
時には、私自身が誰かに手を差し伸べることができるようにも。
だって王子だって迎えにいくじゃないですか、
で姫はそれを「待ってる」なんてこともあるわけで
私は出来ればお姫様がいいけどさ
待ってるだけじゃつまんないよね。
ほら、こっちから行くのですよ。

相変わらずの堂々巡りも、
何かしらの意図によって未来を担う力を持っていたりもするのかなぁ。
なんて。運命論の類に信仰はないけどさ、全ては導かれるままに。

相変わらず考えがうまくまとまらないや。
書きたい言葉で溢れてる。
でも今すごくいい感じだから
もう少しだけ付き合って。
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by aoi-ozasa | 2008-02-24 13:38 | Daily life
2008.02.23 『やすみの前の日』
遠足に行く前の日はドキドキしてなんだか、
眠りについた瞬間、
全てはお前の夢だバカめ!ってイジワルな悪魔が今にもエグい舌出して出てきそうで
なかなか寝付けなかった。

でも人間、どんなときでもお腹がグーとすくように
気が付いたらガーって寝ててさ
そんな動物的な感じ、全然すきじゃないのに
やっぱり自分は生きるしかないんですよ、と言われているようで
俗物的な本能にとってもがっかりするんだけどね、
でもまぁそれもそうかななんて。
んで、本番で寝坊したりするんだわ。
ハハハ、しっぱいだらけ。阿呆め


いろんなことをシュミレーションしてみてさ
イメージをいっぱいいっぱいに膨らませて
ああだったら、こうだったら
って色んな仕掛けを張り巡らせる。
どれにひっかかってもいつでも最善の対処をしてやるんだぜ
って
でも実際、思ったものは、描いたものよりも
うんと大きくて手に余る。
万全な準備なんてないことを思い知らされる。

海を知らない人が描く海の絵の話をしてるんじゃないけどさ
でもやっぱり海を知る人が書いたやつとは全然違うんだろうなって思うんだよ。


今日は朝からお腹が痛くて
はんぶん泣きそうなきぶんで仕事に向かった。
なんとか仕事を済ませたら、家に帰って寝ようかと思ったけど寝れなくて
仕方ないからボケーとテレビを点けて
そしたら神様が「耳をすませば」をプレゼントしてくれた。
最高にいい映画だ。
そんでやっぱせいじくん大好きだ。
なんて思ってる間にちょうど薬も効きはじめて、
見終わった後は友達に連絡をして
いろいろ話を聞いてもらい、話を聞かせてもらって
いい歳してふたりとも泣いたりした。
まさか出会ったとき、こんな話をする未来なんて予想してなかったから
ちょっとばかし、いやかなり照れ臭くて
電話越しに、ふたりとも泣き声を隠す仕草がよく似てるのがおかしかった。
声を聞くまであたしはやっぱり友達の悩みに気付いてあげられなかったんだけどね
でもちゃんと、ごめんねが言えてよかった。
そして悩みを言えてよかった。
ありがと。



さいきん、夜眠る前に顔を手で覆って
心地よいメロディーをゆっくり体に聴かせてあげる時間が何よりも好きで
大好きな漫画や、読みかけの文庫本も置いて
瞼の裏にいろんなものを浮かべる。
喜びに満ち溢れていたり、しょーもない不安が差し込んだり
こころは色んなことで毎日たいそう忙しいようで
ぐるぐる周る日常を反すうするみたいに、小休止をする。
本当は泳げないんだけど、気分は沖縄の波にゆられているような感じでさ、
私はそうやって
誰かを愛することの素晴らしさを痛感する。


皆が大好きな仲間達と飲みにでかける金曜日の夜は
土曜の朝も仕事がある私にとって、本当はとっても退屈な時間のはずなんだけど
不思議と心はいつも穏やかで
これからくる週末をどんな風に過ごそうかと考えるのが好きだ。
で、あんまりにも鮮明に描きすぎて
結局寝付けないんだけどね。
でも遠足行く前の日みたいなのとは違う。
臆病風は相変わらずだけど、なんていうのかな、とても気持ちが落ち着いている。
それは少し大人になったってことなのかな。
でもさ、眠る前の瞬間がこんなに素晴らしい時間だったなんて。
次の日の起床時間なんて気にならないくらい穏やかな感情を
あやうく知らないまま50年くらい生き急いでしまうとこだったわ。
やばかったなー
知らなかったぜー



山を知る人が書いた絵も、
山を知らない人が書いた絵よりも、がっかりするところに満ち溢れてるのかもしれない。
きれいなはずのイメージが実は全然きれいじゃなかったり
リアルすぎる描写に、ちょっとげんなりしてしまうことだってあるんだろう。
でも、私が見たいのはそんな絵で
私が書きたいのもそんな絵で
それをちょっと照れながら交換できることがきっと何よりも幸せだ。
私は友達少ないほうだとは思うけど
そんな友達ばかりでよかった。
そんでこれからを傍に居てくれる人にはきっとそう在ってゆきたい。


あーあと30分もすれば夜が明けるなぁ
もう少し起きていてもいいけど
さすがに寝ようかなぁ
何書いてるのか自分でもよく分からんしさ。
はは、世迷い言もとい、夜迷い言ってまさにこれか。
ぜんぜん意味わからんけどね。



今日はお腹が痛くて、一日中、身体はサイテーだった。
でも今最高の気分で眠れそう。

明日、仕事行ったらおやすみだ。
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by aoi-ozasa | 2008-02-23 05:41 | Daily life
2008.02.21 『春よ、来い』
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最近、煙草の本数ばかりが増えてなんだか不健康チックなあたしは
カリカリばかりを食べてもっと不健康なギズモの横で
ゆるやかに眠りにはいる。

2月の夜は冷たくて、3月までもう1週間をきったというのに
お昼の間、ほんのちょっとのぞいた太陽の温度は
未だ夜になびかないようだ。
体の体温をピシャっと奪ってくれるシーツのうねりは
一瞬体をこわばらせて、でもその緊張を解いた瞬間から
次第に暖かさを受け入れていく
私はその暖かさに身を任せたなら
明日死んでしまう夢を見ても幸せだ。

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春はその暖かい日差しにのぼせる人が多いのか変な人が増えるという。
冬の寒さにギュッって身を縮めて、大人しく寡黙に置いてきた感情が
突然、解放的になっちゃうからかな。
それとも心は、
家族や、友達や、大好きなひとのことを
心から大切にしたいなって想う気持ちで満ち溢れてるのに
それがなぜか、上手い具合に働いてくれなくってさ、
くるくる空を切るみたいに
いつも空まわりしてしまうのかな。
ちくしょ、情緒不安定なのも季節柄ってたちかよ。


友達の恋の事情を聞いて
何もしてあげられない自分がものすごく歯がゆかった。
今すぐに、新幹線に乗って、
楽しいこと考えようぜ、あははって
肩並べて呑み明かすことだってできたはずなのに
どうしてそれをすぐに選べないんだ。
仕事が、時間が、お金が、
たくさんの言い訳が詰め寄って、
それで何か大切な決断を揺るがしてしまうというのなら
そんなもの最初から必要としなかった。

甘ずっぱいミスターチルドレンのメロディー
青春時代からの教科書は
今日も優しくて、でも大切なことがちゃんと書いてある。

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あたしが誰かのために何かをしてあげたいって気持ちに嘘はなくて
なんなら100回筆書きで清書してもいいぐらいだけど
でも、100回も書いてるうちに半紙が擦り切れてしまったり
書いている言葉の意味を失ったりしてしまうんだろうな。
それで、なんで書いているのかを思い出せなくて
多分、途中でやめてしまうんだろう。
あたしは自分の気持ちにはちょっと強引すぎるぐらい正直で敏感なのに
大切な人の気持ちにはいつも鈍感だ。
なんでなんでこんなに気が回らないのかと自分でも我を疑うよ。
「大抵、人はこんな感じに大事なひとを失うんだろう」

あたしはどんな時でも自分のことが大好きなことが唯一の誇りで
たくさんたくさん自問自答をしては
その自分が決断する答えを、その正論とやらを
尊重して推し量ってきたつもり。
それを悪いことだと思ったことはないけれど
そのせいで大切な人の力にもなれないのなら
あーくそ、
そんなもの今すぐ誰かにくれてやるって
言えないのもまた自分だ。


漫画バカボンドで、生まれつき小次郎は耳が聴こえないことを
自分を裏切るような形で出て行ったかつての愛弟子に教えてもらうまで
気付いてあげることができなかった鐘巻自斎が
海に向かって、魂を吐き出すみたいに泣き叫ぶシーンがある。
もうおじいちゃんの歳なのに、子供みたいにわんわん泣いてさ、
私にはそのページをめくることがすごく辛かった。
鐘巻自斎は小次郎をとても深く愛していた。それは間違いない。
小次郎を自分の息子みたいに思って、
それはもう毎日一生懸命小次郎のことを考えてた。
小次郎に何かしてあげられることはないかな、っていっつも思ってた。
でも気付けなかったんだ。
本当はいつも自分でいっぱいいっぱいだったからさ
そんな簡単なことも気付いてあげることができなかった。
あたしはその中にまるで自分を見るようで、
鐘巻自斎になったつもりでわんわん泣いてさ、
濡れたページが乾いてベコベコになっちゃったから
その巻だけは人に貸せない。

でも鐘巻自斎がすごかったのは
そのことに逃げなかったことかな。
ちゃんと立ち向かって、大好きな自分の大嫌いな部分をよく知って
そこで小次郎と離れようとすることはなかった。
それであたしは自斎みたいになろうって思った。
今後、何度同じことを繰り返しても
逃げないで、自分の弱さをしっかりと受け止めて
一緒に生きていくことを選べるような人間でありたい。
そう、1回しか言わないからよく聞けよ、
逃げないで向き合え!

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逃げ足が鬼のような速さのあたしは
ヒラリとした身のこなしのルパンに憧れて
同時にサイヤ人の誇りと自分の中のカカロットとの対峙に絶対に逃げない
ベジータをこよなく愛した。
でも本当に自分に必要なのは、
自斎みたいにみっともないけど、自分の人生にがむしゃらな姿だな。
自分の事がいちばん好きで居たいなら、
自分を愛してくれる人のことも死ぬほど想えよ
死ぬほど考えろよ、気付けなかったんならごめんねって
勝手に傷ついて逃げんじゃなくて、素直に言えよ
本当はそれが一番大事だって知ってたんだろ。

やばいな、こんな単純なこと、24歳になるまで気付けなかった。
つくづく頭どうかしてるよ。
もう夜3時だし。
いつまでたっても日記、全然割愛できないし。
でもきっときっと素敵な大人になるために頑張るから
よかったら見守ってやってください。
絶対、絶対に自分の弱さに負けたり萎えたりしないから
真面目くさいふりでもしてちょっと真剣に向き合ってみようよ。
あたしの大好きな人たち、
まぁ、あれだ、愛想が尽きるまでは一緒にいてね。
そんでゲートボール命のババアとかジジイぐらいの歳になったら
馬鹿みたいに青春だねって振り返ってみようよ

少ししたら春になるからさ、
大好きな桜でも見たらすぐに笑えるよ。
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by aoi-ozasa | 2008-02-22 03:16 | Daily life
2008.02.19 『気のせいさ』
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閉鎖的な人種だ、
とたとえばそんな自画像が頭によぎるときは
決まって何かに臆ついたとき
アイスクリームをほうばりながら同時に口の中で氷のかけらを溶かすように
もう絶対的な暖かさを求めるアピールだろ、
みじめったらしい思いは誰にも知られたくないんだ

それにそれすらも自分にはすごく大事な感情だからさ、
はい、どうぞって目の前に出した瞬間に、
モーテルにある安物の石鹸みたいな香りが漂わないように
大切に大切に自分だけにしまっておくんだよ
だいたいオリジナル、自分自身の唯一神は布教なんて望むような人じゃない
そんなことは生み出した貴方こそ承知でしょって
まいったな


開放的な人だね、
って言われたらそりゃ本質じゃないよって照れくさくはあるんだけども
嘘を愛して口からはデタラメばかり、ちょっといけすかないような悪戯な友達に
本当はいつもすごく哀しくて、死にたいんだよって
そんな告白をされたときみたいに
誰かを心から抱きしめてあげたい気持ちが、
今にも心の湖からスーパーマンの格好で跳びだして
ああ、すぐにでも自分を失える。

そんな光景にあまりに焦がれすぎて身を滅ぼさないように
いつだって瞬時に自分の扉に鍵をかけてしまえる行為をさ、
あまりに周到に練習してきたから
鍵穴ごと取れてしまって、ごめん本当はもうそっちには行けないよって
そんな心の抵抗が頭をよぎる。
でも、そんなのはきっと
たぶんじゃなくて気のせいさ

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あらゆる空間に開放的なものと閉鎖的なものが同時に存在している。
部屋で例えて窓と箱

箱っていうのは、だいたいどこの民家にもあって
手紙やら宝石やら写真やらを詰め込んだ自分だけの宝箱のことなんだけど
映画フォロウィングで泥棒のコッブがモダン・クラッシックに
箱の存在と破壊を提唱してた。
コッブは知的な雰囲気を纏う悪魔神官みたいな奴だったから
泥棒に入った他人の部屋の中で、
それぞれの箱を顔色ひとつ変えずに中身をひっくり返してたけど
私はやっぱり、そんな箱は窓から投げてしまえばいいと思うんだ。

閉鎖的なものごと解放してしまえよってそんな意味を込めたら、
中身を確認するまでもない
それは投げやりな気分なんかじゃなく、
恥ずかしさに顔を覆うことすら忘れて

だって窓の外で箱が壊れる音を聴いた瞬間、

もうどこへだって走りだしていける気がするだろ?


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何かにつけて塀を建ててしまえ!と叫ぶパパ
きちがいみたいな隣の住人との家の間に壁を、
暴力的な駐車をする車に線を、
2人で一緒の子供部屋には、真ん中に机を置けって
幼い頃から既に父親は他者との距離に病んでいて
それを見て育った私は先天性かしら、ってまさか

もしも私がそんなことを口にしたら、ためらいもなく、
どうか思いっきりひっぱ叩いて欲しい。



閉鎖的ってのはもっとこう、保守的なもんかと思ってた。
誰かを傷つけないために、誰にも傷つけられることがないように
害のないつつましい行為だなんて、少しぐらいなら悦にひたることだって。
でも、今日パタンって心を閉鎖をする瞬間の人間を見て、
誰にも心の追求を許さない敵意にすら似た言葉を知って
自分にも見覚えのあるそれが
なんて攻撃的な行為なのかと痛感した。
これはひとことで言うと、
意味も問わないで何十年間もかけて組み立てて来た階段が
実は地獄へ向かうためのものだったんだって教えられたようなもの。
幸い、24歳の自分は若くて、ほんの少し笑えるぐらいの器量はあったから
まぁまた何度でもやり直せばいける。
互いの距離感を測る行為を今すぐやめて
その中間でほんのり彩る日々をまた最初からはじめたらいいんだ。

いや、本当のところ
あたしにはいつだって、鍵穴をぶっ壊して必要とする誰かの元へ
飛んで行けるぐらいの愛がちゃんと備わっている。
誰かのことを強く想ったり、誰かのために一身を投じて何かをしたりがちゃんとできる。
そう、きっとそんな風に、たいせつにたいせつに、
愛のある子に育てられているはずだ。



さぁ、それでは降参のポーズを持ってして
いま少しお利巧な頭、愛のある生活に身を投じてみようか。
それで身を滅ぼすのなら、唯一神だって許してくれるさ

それは夏が来る間もなく、

心のストレッチなのです

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あ、全然関係ないけど、友達の新しい家族の名前が発表されてさ
虎旦(とらん)と言うんだけど
ヤバい。めちゃくちゃ可愛い・・・
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by aoi-ozasa | 2008-02-19 22:50 | Daily life
2008.02.14 『ホット・ショコラ・クレバー・ママ』
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家に帰ってふと部屋を見渡すと珍しく荒れていることに気付き、
遅めの晩御飯をとる前に掃除機をかける。
わたしは結構、掃除機をかける率が高いと思う。
なぜって、奴ら、なんでも吸い込んでくれる。
だからなんでも掃除機かけたらええと思てるふしがある。

この前置きは全然関係ないが
今日の晩御飯はお母さんが近所の居酒屋で買ってきたタコ焼だった。
うちの家のゴハンは、お父さんが出て行ってお兄ちゃんが居なくなってから
もはや無法地帯だ。
どう考えても、えっそれ晩御飯なの?!
と疑いたくてたまらないようなメニューの出現率が高すぎるように思う。
50を過ぎた母親と24の娘がこうも食に無頓着なのはどうかと思うけれど
二人とも、こういう食卓をなかなか気にいってる。

自由と、好きに出来る、っていうことは違うっていうのは分かる。
またそれらが、惰性のような響きを纏いやすいこともよく分かる。
でも時々、お母さんが妙にこじゃれた創作料理なんかをこしらえたときは
結婚してたときよりも料理うまくなったんじゃないの?
って皮肉にお互い笑ったりして、

それがなんか
まるで友達同士で住んでるみたいで心地いい。

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今日、世間はバレンタインだったことを思い出して
仕事の帰りに、閉店ギリギリの駅前の百貨店に寄って
色々と悩んで物色した末、とりあえずお父さんの分(忘れてたゴメン)と、
明日うちに来る友達の分を買ってみた。
浮世の女子達が、手作りだのなんだのと色付いている間に
わたしは一体何をしているんだ・・?
という気分に、なったとも言えるし、実は全くならなかったとも言えるし
要は、今日、店のお客さんにバレンタインをたくさん戴いたので
当分チョコレートはもういいや
というのが本音かも。

バレンタインフェアと称して陳列されるチョコレート郡
地下の食材売り場は社名ロゴよりハートマーク

こういうイベントごとの度に思うことがある。
化粧品売り場は、いつも死ぬほど化粧品の匂いで溢れかえっているのに
こういうイベントフェアってぜんぜん匂いがしない。
視界は見渡す限り、甘いお菓子で包まれているのに
ガラスケースに収められたそれらは、驚くほどに冷ややかだ。
それは、それらが既に封を閉じられていることを意味してて
そこに愛を滑り込ませることなんて全く不可能な気さえしてくる。
食に無頓着な私は何を気にすることなく
迷わずそれを錯覚し、繰り返してきたけど
次、あげるときは柄にもなく手作りとかに挑戦してみようと思った。

世にもおそろしい・・・
たぶんとんでもないものが出来上がる。



似たようなこと、毎年言ってるけどね。
でもこれほんと。
ほんとにそう思った。
だって愛は、いっぱい込めたんだと伝えたい。

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このところの日々はめまぐるしく周って
前回の日記に少ない友達が幾人かメールをくれたり
自分でもちょっとばかし笑えたりもしながら
ありえない自分の発見に、いちいち歓喜したり、驚かされたりして、
何かを否定することでしか、何かを肯定できない自分を
とうとう変えてしまおうぜ、などと相棒とする自画像に背中をつつかれる。

晴れた夜空に、あちこちに散らばる星を数えていくように
ひとつひとつの出来事を、ランダムに注目していくのもいいかもなんて
けっこう呑気な気分で過ごせたりもしている。
細木和子なら、箇条書きのノートなんてペラペラすんじゃないわよってお話だ。


しかし冷える夜だ。
掃除もできたし日記も書いたし、9時になったらロードショーのような気分で
見納めにフォロウィングを鑑賞しよう。
お手元にホット・ショコラはいかがですか
っていやもうそれは勘弁して。


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友達曰く、丁度言いぐらいの前向き

そんなもの本当にあるのか分からないけど
この言葉、なんだかとっても気に入った。
言うならば、そういうのこそをとっても大事にしていきたいと思う日々だ。
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by aoi-ozasa | 2008-02-14 20:25 | Daily life
2008.02.12 『アラゴナイトの石言葉』
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風がいい匂いを運んできた。
その日、市に行っていたせいで、コートも羽織っていなかった私は
その体を抱き寄せるようにして、仕方なくトボトボと帰り道を歩いた。
風が吹くたびにいい匂いがする。
いい匂いの正体は風が吹くたびに鼻をかすめる自分の髪の毛だった。
言われてみればどこかで嗅いだことのある匂いだ。
少し髪の毛が伸びたようだった。

先日、日本は全国的に大寒波が押し寄せて
大阪も例外なく雪が積もった。
せっかくお休みをとったのに、どこへも行けなかった。
雪はしんしんと降り続け、私の住む街も、
どこかの街と同じように薄白く、くぐもったような色をしていた。
次の日、そしてまた次の日
日ごとに天気は回復へと向かい、
雪は、徐々にその姿を元の無形のものへと還していった。

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私にとって、この日々は
これ以上ないんじゃないかってぐらい頭をつかう日だった。
うまく言葉を吐き出すことすらままならなくて
凍る息が、何かの形に変化してくれることを祈っても
それが一体、どんなものなのかが予想も出来ずに
折り合いの付かない想いをただ眺めるしかなかった。

事実、4年の歳月を共にした恋人の目を見つめることを
たぶん、この日以上に愛おしく感じたことはないだろう。
愛おしさとは、なんて暖かくて、なんて残酷なんだろうか
といった具合に、
時がゆけば、いずれこんな風に別れが来ることも予想できずに居ただろうか。
いや、もしかすると出会った瞬間から
右脳を至上最高の幸福感で満たしながらも
同時に左脳はカウントダウンを始めていたのではないか。
そんな風に保守的にしか過去を振り返ることができない自分が
悔やまれてならない。

わたしたちは、恋人だってことで線上に結ばれて
よーいどんをするみたいにして、一列にスタートラインを切った。
ときどき、悲鳴をあげる足を、休みたいって懇願する心臓を
気にかけながら、
ゆっくりお喋りをして歩いたり、ときに激しく言い争い合ったりをして
その間に生まれた感情に互いに名前を付けることを好んだりもした。
通り過ぎていく景観に心を奪われたりして、
ほら、あれ見てみてよ、って教え会ったり、共に教わったりをして
一緒に歩んでゆく幸せを噛みしめながら
いずれ離れていかなければならないことに怯えたりもした。
でも、いつか
さよならカラーって曲に心を打たれたみたいに
そうして違うラインに立っていくことを喜びにするときが
今この時であったのだろうと。
あくまで自分勝手な想いだけで、前を向いて走ることを決める。

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溶けかけた雪は、それが本来透明度の高いものの集合体であることを
教えてくれる。
同じようにして、積み重なって濁ってしまった想いも
本当は、目に見えない無形のもので
それを上手く形にしようとしすぎたことに私は今頃になって気付かされる。




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最後に、プレゼントをひとつもらった。
受け取っていいものかを躊躇する間もなく、手にずしりと重みが乗った。
私は茶色い紙袋の中が何か予想もできなくて
何だろうな、と笑ってみせた。
でも彼とさようならをして、玄関の扉に手をかけた瞬間、
それが私がとても欲しがっていた、アラゴナイトのクラスターだと気付き
通りすがりる人々の人目もはばからず、その場所でひとしきり泣いた。
以前、見た瞬間に大切な記憶がひとつ吹き飛ばされそうだと表現したこの鉱物は、
忘れてはいけないこころで溢れているかのような気がした。
少なくとも、彼がものすごく私を愛していてくれたことと同時に
私もものすごく彼を愛していたんだと
最早、過去形になってしまったそれらを優しく包み込んで
新しい道を照らしてくれるかのように。
アラゴナイトの石言葉
「あなたの進んだ道が正しい道であるように」
といつだって私を勇気付けてくれることだろう。

明日から、全身で誰を想う気持ちを忘れる努力をするみたいに
何度も、ありがとうを言ったが
どれだけ言葉にしても伝わらないような気がして
今これを書いている。

彼がこれをどんなふうに読むかどうか私には分からないし
もしかすると読むこともなく、これから私が重ねてゆく日々の日記に
ただひっそりと埋もれてゆくだけかもしれない。
ただの私の傲慢で自己本位な独り言として残るだけなのかもしれない。
実際のところ、どんな風に文章にすればいちばん良いのかは
頭の悪いわたしはわからないし、それを表現することができない。
ただ、共に過ごした4年間をただの楽しかった思い出とするのではなく
自分の大切な一部を想うかのようにして
私は自分の選んだ道を迷うことなく進んでいきたいと思う。

願わくば、君がこの先君の先に続く道を勇敢に歩んでいく姿を
どこかで知り、心から応援したいと思っている。
そして、これを最後まで読んでくれた友人たちに、
相談もしないで独りよがりな想いをこのような公言の場で、まるで自分に酔うかのように
たった一人のために綴ることを許して欲しい。
そしてどこかでこの事実を知って、今まで応援してきてくれた友達たちが
出来るだけ穏やかな気持ちでこれを読んでくれることを願う。



彼に、心から感謝したい。
今まで私を支えてきてくれて
今まで一緒に居てくれて

今まで本当にありがとう。
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by aoi-ozasa | 2008-02-12 21:27 | Daily life
2008.02.08 『花のきんようび』
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気が付くと日付変更線。
物凄く眠いのに、付けっ放しのデスノートの展開が気になって
結局、はんぶん夢見心地で最後までみた。
そしたらお母さんが帰って来て、ギズモも上の階から降りてきた。
今日はこんな人と飲んでいたのだとか、こんな人にも出会っただとか
ひととおりの話に相槌をうって、
お茶を持ってパソコンのある部屋へ移動する。

なぜか無性に懐かしいJ-POPが聴きたくなって、好きな曲たちをかける。
ヘビロテヘビロテ。

本当に好きなものは、なかなか飽きない。
わたしは飽き性なんかじゃない。
ただ、よほどでなければ好きになれる努力をあまりしない。
だめな大人だ。

でも、学を好むは知に近しと言うだろう。
何かにつけて好奇心が旺盛なんだと思ってくれれば幸いだ。

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珍しく10年来の友人に電話しようかな、と思った。
なんとなく、久しい友達の近況が聞きたくなる。

絨毯のしかれたフローリングに寝っ転がって
腕を、同じように転がっている携帯にうんと伸ばす。
この体勢では届かないことを知り、伸ばされた腕の先っちょに塗られた
奇抜なピンク色の爪を眺める。
いま、ここから物凄いパワーが出て、あそこの携帯が吸い寄せられる!
ダルシムみたいに、腕がグーンと伸びる!
スパイダーマンよろしく手首の付け根から糸状のものが出る!
他にもっとかっこいい方法はないのか、と
貧困な妄想を溜息混じりに、結局電話することを諦めた。

体をくの字に折り曲げた体勢のまましばらく超能力について考える。
それは、
何かしようと思ったけど、何がしたかったのか忘れてしまった人のポーズ。
何かをやめる理由をすぐに見つけてしまう人のくせみたいなもんだ。




お前は、なんでもかんでも考えすぎやねん。

と言われたことがあるのを思い出した。

まぁ、そうやけどね。
思い出の中には、不服そうに答える自分が居る。

考えて、考えて、それが苦しくなって投げやりに無理やり答えを出そうとする。
しかも、人を心から信用してない、お前の世界はいつもお前ばっかりで
だからいつも自己完結なんや。

言ってくれるよね。

その言葉は耳まで真っ赤にするぐらい効いた。
でも、
あんたに言われたこと、今も役に立ってる。


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伸ばしかけてやめた携帯の向こうでは、
話すまでもなく、すぐさまそいつの顔が浮かんでくる。
こ憎たらしい顔だ。
たぶんこの想像はあながち外れていないはず。
くそぅ、電話なんてくれてやるもんか。
だって、そんなのあたしばっかり好きみたいだ。


仰向けになって、テンポのよくない真昼のお昼寝みたいな曲を繰り返した。
なにかにつけて煮つまらない今日だ。
ようし、珍しく酒でも煽るか。
確か、冷蔵庫にママ秘蔵の日本酒があったはずだ。
うっへっへ
たぶん友人たちは、夜の街に出かけて一週間の疲れを脱ぎ捨てていることだろう。
そんな想像を働かせながら、
私はどうせ味も分からず、酔うためだけに1人でクィツと一気するだけだけどね。
どうせ煮詰まらないような考えは捨てて、まず酒でも呑め!
そんな非論理的な意見、普段は絶対に好まないのに
まぁそれもいいかな、なんて。

明日はどようび。
心持ち穏やかな花金の夜。
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by aoi-ozasa | 2008-02-09 01:05 | Daily life
2008.02.08 『ケセラセラ』
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ここには居場所がない。
と誰かが言った。
慰められたいのか?いや、そうじゃない。
誰かに与えて欲しいとでも?それも違う。
でも彼女はいつもそれを探している。


イチではいつも読書をする。
競り合う商品がそれぞれ違うので、そこにはどうしても空き時間が生まれる。
電卓叩いて、買えた商品を再確認して、次の競りへの気合を入れてって
それでも空いた時間を私は読書に使う。
ぼんやりと、他の商品たちにそれぞれの値段が付けられていく様を
ただ見つめているには時間がありすぎる。
競り負けた商品を悔やんで、冷静さを欠いたり、いつまでもクヨクヨしてしまうぐらいなら
一度、本の世界で頭をリセットした方がずっと効率が良い。
いつものように読書にふけっていると、
飴を配るおっさんが、横から順に自分の方へ近づいてくるのを感じた。
目は活字を追いながらも、おっさんの動きに集中する。
ああ、次、私の番だ。
と思ったのは何かの間違いだった。
私の右隣は、私の左隣。
左左左
そして私はここに居ない。
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兄と二人兄弟だった私は、幼い頃はよく兄に連れられて
兄と同期の近所の男の子たちに交じって遊んだ。
幼い年齢だ、少しの歳の違いが大きく表面に出る。
誰よりも速く、誰よりもおもしろく、誰よりも強く
そんな願望は叶えられるはずもなく
私は、小さな妹だった。
兄達が遊ぶ中で一人、コンクリートの塊に腰掛けて見張り番をした。
悪ガキたちが、良識あるちょっとおせっかいな大人にどやされたり、余計なお説教を受けないように、
瞬時に、子供たちだけの世界へ駆け出してゆけるように
兄達を見張る役目がわたしのそれだった。
ある日、風邪を引いてその遊びに参加出来なかったことがある。
私が居ないと兄達が困ると、一生懸命風邪を治すことにつとめた。
今、思えば健気なもんだ。
次に行くとき、そのコンクリートの場所は違う誰かが座っているとも知らずに。
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思えばいつも、居場所を、自分の存在価値を
ひたすらに追い求めてきたように感じる。
あるときは、限られた塀の中に
またあるときは誰かの心の中に
自分が誰かを深く愛するように、ほんの米一粒ぶんでも
わたしを必要としてくれることを望んで生きた。
それが叶えられない度に、居場所がないと吐き捨てた。

でも居心地良い空間を知るたびに、自分を疑った。
ぬるま湯に心を委ねて、ゆりかごに抱かれて
どこへも行けない自分を、ひどく憎んだ。
ただ疎外感や孤独に耐えられないだけだというのなら
貴方は強くあるべきだった。
そう囁く心をどこかで間違いなく感じながら

最近、ひとりが好きになったのには
きっと幾つもの理由がある。
気楽に笑える理由も、じつは人には言いにくいことも
もともと寂しがり屋な人種だ、そう簡単に格好がつくはずもなく
優しい友達にみっともない長電話をして困らせたりしている。
ついつい甘えたことを言ってしまう自分が情けない。
まさかこれが素面だなんて。笑っちゃうぜ。
でも、そんな感情は気付かせてくれることがある。
まるで己を知れ、と励ましてくれるかのようだ。



ここには居場所がない。
また誰かが言った。

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それはここではなかった。
そんなものはここにはなかった。
そう言い捨てることは簡単だ。
だから今、根本的に間違いを指摘する。

最初から探すものなんかじゃなかった。
見つかるわけない。そんなものどこにもありやしない。
どうしてそれを知らないふりして生きられるんだろう。
そうか。それは自分で作るもんだった。

自分の弱さを受け入れることは、他人のそれよりもずっとずっと
苦く、泥臭い。
負けるかよって、意気込んでみてもなかなか空回り。
憧れていた人物像にはほど遠いね。
"らしくあれよ!あんたが昔そうだったように!"
過去の自分からエールを貰う。
友達に背中を押してもらう。
ありがとうの代わりに新しい扉を叩こう。
新しい世界は、きっと素敵なことがたくさんある。
同じようにあるドン底の落とし穴に、はまらないようにだけ気をつけてね。
自分の書いた文章に、我ながら前向きにさせられながら

ケセラセラ
なるようになるさ

そう在れたらいい。
そうで在りたい。
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by aoi-ozasa | 2008-02-08 04:24 | Daily life
2008.02.05 『蓮華草』
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昨日、暖房の温度が強すぎて寝苦しいなと思っていると
うちにある漫画が全て燃え焼ける夢をみた。
買ったり売ったりを繰り返して
長い間数えていないから分からないが、おおよそ1500冊はあると思われる。

パチパチと音を立てて、きな臭い香りを辺りに撒き散らし、
焦げた落ちたページの断片たちは、熱風の中で雪みたいにひらひらと舞った。
これらの物語たちが朽ちていく様は、それはもう圧巻で
私は、映画スナッチでブラッドピット演じるミッキーの、
愛するママのキャンピングカーが燃えていく様を見つめるシーンを思い出した。
激しい怒りとも静かな悲しみともとれるような表情だった。
自分もいま、誰かの視点で見れば、あんな風なんじゃないか。
だけど、燃えゆく様を一緒に見守っていたはずの母がなぜか
私の顔を見てひどく泣いているのを肌で感じて、
粟立つ皮膚の裏側で何かが死んでいくような気分だった。

そのとき私は、いったい
どんな顔をしていたというのだろう。


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火を伴う夢が何を暗示するのか調べる気にもなれず
寝ぼけ眼で仕事に向った。
ときどきすれ違う人を、今朝見た夢の漫画本に見立てて
あの人がいま突然発火したら、周りの人はどんな顔をするんだろうか
などと不吉な思いをたぎらせた。
家族は?友人は?恋人は?
どんな風にそれを受け止めるんだろう
でも自転車のスピードはあっという間に、妄想のスピードを超えていて
その顔が浮かぶ前に会社に着いた。
いつものように休憩中に一向に休憩にならないスパイダソリティアをしながら
猛スピードで仕事を済ませたら、明日のイチに行く準備をして早めに会社を出た。

帰りに本屋に立ち寄って、幾つか本を買う。
手にした瞬間にふと、もしも今日、立て続けに火事の夢を見たら
燃えてゆく物語の中に今日のこれも含まれるのかな
と思った。

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私は漫画をたくさん読む。
本も読む。
音楽も聴く。
映画も見る。
まるで何百回も生まれかわるかのように
何百回の人生を生きるかのようにして
たくさんたくさんの物語と出会ってきた。
寸分違わず、とはいかないが、何度も回数を重ねたものは
まるで自分の経験談のように話すことだってできるだろう。

物語に現れる仲間たちを、心から愛し、
主人公が恋する相手を、同じぐらい強い気持ちで胸に抱き
そんな風にして物語を愛しんできたものだから、
それらが全て焼け落ちる様は、まるで自分の今までの人生を持っていかれたような
そんな喪失感を味わうこととなった。
全ての果てしない可能性を秘めた私の大切な友人たちが
一瞬にして赤い炎の記憶に無理やり統一されてしまう
激しく、苦しい夢だった。

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何か、大切なものを失ってしまうとき、人間は目をつぶらないのだと知った。
それが例えば、明日の希望を打ち砕いてしまうぐらいの別れでも
目に焼き付けることで、より一層の哀しみが訪れるんだと知っていても
目を逸らすことなんて誰にも出来ないのだ。
少しでも多く、少しでも鮮やかに
心に残してゆけるように、しっかりと目を開けて見守らなければならない。
さようならの瞬間に、自分の中で間違いなく存在していた何かと対峙する。
それが例え、愛する者だったとしても、
失いたくない時間だったとしても
その最後を理解することに、とてつもない抵抗があったとしても
別れを受け入れて、飲み込んで、生きていかなければならないことを
きっと誰もが知っている。

そうやって皆別れを繋いで生きているのだなぁと改めて身に感じた。
どんなことにもいつかさよならがあるんだとしたら
その時はできるかぎり穏やかな気持ちで、それを受け入れられたらな
と思う。
私がいつかこの世を散るときも同様に、わたしの家族達に別れが優しく伝わればいい。
愛しいものたちの最後のサインを、ひとつもこぼすことなく
新しく生きていく糧として身に宿せたらなと思う。
そうして新しい出会いを心から喜んで生きる。
蓮華草の花言葉を抱くようにして、苦しみを少しずつ解放する。
形がなくなろうとも、二度と触れることができなくとも

出会ってきたものたちはいずれ自分の一部となる。
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by aoi-ozasa | 2008-02-06 00:36 | Daily life
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25歳なりました。日記は長いです。覚悟してください。
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