2009.04.10 『アマルコルド(私は覚えている。)』
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土曜日。

前の晩から雨が降っていて、
もう4月だというのに肌寒く身体を縮ませるような朝は
差し出されたバトンを冷たく振り払うように。
新しい季節を受け入れられず、
精一杯さいごの拒絶しているようであった。



母親の運転する車の助手席で、
シートを目一杯に倒して窓に沿う雨水をみていた。
普段毎日運転しているので、時々こう誰かの運転に身を預けると、
体どころか心までもがもぬけの殻と化してしまう。
それは他人から見れば、投げやりで無気力な姿に見えるかもしれないが、
当の本人はどちらかというと充電状態に近かったりするから不思議だ。
その頭の中は曇っていようが膿んでいようが、
本能的になった感覚は、日常よりずっと研ぎ澄まされているような気がする。
石よりも水、水よりも流れ。
時々はこうして身体を完全にストップし、
過ぎて行く時間にただ呆然と埋もれていたいものだ。


じいちゃんのお墓についた頃、
その粋な計らいで、妊婦の身体を気遣ってくれたのか
少しだけ雨が止んだ。
墓場には私たち親子以外に誰も居なくて
だけど添えられた花たちが、墓石だけの冷たさを緩和していた。
私達は墓石の前で手を合わせて、いつもよりほんの少し長めに挨拶を交わした。
静かな午後。曇り空、肌寒い四月。
線香の匂いが鼻をかすめる。
雨はそのまま、
ばあちゃんのいる施設に着くまでの間降らなかった。




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ばあちゃんは、驚くほどに弱っていた。
話には聞いていたが、現実は目をそらしたいほど生々しかった。

虚ろな瞳はほとんど焦点が合わず、頬は痩せこけて、
スプーンで与えられるミキサーにかけたシチューもほとんど飲み込むことができなかった。
銀髪の頭をマッサージしてあげると、
触れたところからパラパラと崩れ落ちてゆく砂壁のように
細い髪の毛が何本も何本も手に残った。


桜を見せてあげたいと思い、
出る前に小さな一枝を手折って持っていって差し出した。
それを握ることなく振り払った弱弱しい腕は枝のように痩せ細っていた。
私は桜の枝を拾ってポケットに入れて、
細枝の先端についた和紙の花のような手を撫ぜてやる。




屋根より高い こいのぼり
大きい真鯉は おとうさん
小さい真鯉は 子供たち
おもしろそうに 泳いでる

五月の節句に向けて、
施設の壁には「鯉のぼり」の歌詞が貼られていて、
私たちが歌うと、息だけの声で歌詞を追うのが分かった。
歌がとても好きなのだ。
たとえ声を失ってもそれは変わることはなく、
そして人には、人知や理性を越えて染み込んでゆく習慣がある。

ばあちゃんはずっと俯いて、まるで分裂症のようにブツブツ言い続けて
ほとんど会話は繋がらなかったけれど、
母が、赤ちゃんがいるよと私のお腹を指差した、そのときだけ反応したのがわかった。
恐らく、老人だらけの施設の中で赤ちゃんという響きは新鮮だったろう。
どんな気持ちだったかは分からない。
その新しい命の存在が、ばあちゃんにとっても希望のようであればいいと思うのは
私や母の願いのようなもので。

ばあちゃんは恐らく赤ちゃんに会うことが出来ないだろう。
私達を越えて、虚ろなどこかを見る視線は苦しそうで、
遠くじいちゃんたちのお迎えを、今か今かと待っているようだった。
何よりチューブや点滴で繋がれて延命されるということを、
じいちゃんの時に嫌というほど味わっている本人が、それを嫌がった。
それでも生きてほしいとは、娘である母でさえ言葉にしなかった。
それは、私であってもそうだろうと思う。



ばあちゃん
ばあちゃん
ばあちゃん

まだ脈打つ本人を目の前にして
過去の人のように、思い出ばかりがよぎるのは
いまの現実を受け止められずにいるからか。
思い出ばかりが先走り、篭城しようにも感情は
堰をきって溢れ出す
せめて
草木が枯れおちてゆくように、ゆっくりと
平穏に
柔らかなときを過ごして欲しい。



じいちゃんの墓石の前、
深く深く頭を下げていちばんに願ったことは、
じいちゃんまるで騎士みたいに鮮やかに、
ばあちゃんを迎えにきてやって
だった。



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公園に桜がまう。
どんな細い枝もしっかりと花をたずさえて
365日にたった1週間ほどしかないこの時期を悠然と咲き誇っていた。

ばあちゃんにあげた桜の一枝はその花を散らすことなく
家に持ち帰ると、
ベルカとムンクが花びらを全部食べてしまった。
私は怒ったけれど、まあそれもそれで良かったかと
思えるような気もした。




今週夫は、急遽入院となった弟さんを見舞いに
東京で北海道の家族と過ごしている。
私は留守番をしながらその帰りを待つ。

毎日くれるメールや電話と、日記を読むと
容態は芳しくはないものの、快方に向かっているようで安心した。
まだ会ったこともないけれど、夫と家族になった瞬間から私の中で
夫の家族は私の家族も同然で。
弟を信じる、と力強い夫の言葉に、
なぜか私まで勇気付けられる朝。
そうした信頼感は、簡単に築き上げれるものではなく、
いろんなものを乗り越えて、今その手のひらにあるのだと思う。

わたしの手から、ばあちゃんにはどんなものが伝わったろうか。
後はまかせて、と
そんな風に優しく背中を撫ぜてあげることができたのなら
それはわたしにとって本望だ。

春を通り越して、初夏のようなまばゆい光。
様々な場所に、家族の絆、その命の存在を感じさせられる日々。
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by aoi-ozasa | 2009-04-10 16:01 | Daily life
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